金原亭 馬生 師匠編

古今亭志ん朝師匠のお兄さんである金原亭馬生師匠。
残念ながら亡くなられてしまった。
大変お酒が好きな師匠だったという。古今亭志ん生師匠の長男として
生まれたが、志ん生師匠の芸風とは全く違う。志ん生師匠はどうやら
馬生師匠の芸風を嫌っていたような印象がある。
「火焔太鼓」は志ん生師匠の十八番であるが、「火焔太鼓」は
雅楽で使われているような太鼓でかなり大きなものである。
従って殿様に館にもっていくくだりでは、風呂敷にかついでいく
演出をしているが、かつげたしろものではない。
馬生師匠は人を頼んで運ばせるという演出をしたが、志ん生師匠は
これをたしなめたそうである。「かついでいかなくちゃだめなんだ」
というわけだ。感性の違いであろうか。親父の芸風に抵抗していた
ようである。志ん生師匠の芸は他にマネのできるものではない。
いわゆる天才である。志ん朝師匠は桂 文楽師匠に傾倒していった。
この事実を見ても、志ん生師匠の芸の非凡さはわかる。その人で
しかできない芸風が志ん生であり、努力に努力をすれば万が一の
可能性で追いつけるかもしれない「桂 文楽」の芸風。
努力しようが何をしようが自分は志ん生ではないという現実に
思い知らされるチャレンジャー達。志ん生を追いかけ追いかけ、とう
とう自分の芸風を確立させた談志師匠。噺家達の死闘は続く。
「笑芸」というものの特異点がここにある。高座の上は死闘が続いて
いる。なのに客は笑いを求める。枝雀師匠のいう「緊張の緩和」を
求める。客席に死闘は無い。怠惰でも無知でも構わない。噺家は
客に妥協するか、挑戦するのか。文楽師匠は客の顔をみなかったと
いわれる。自分自身の前にきっちりと壁をつくっていいたのであろう。
噺家は高座の出で、手ぬぐいと扇子を前に置いて頭を下げて挨拶を
する。
「扇子から内側は死闘の世界、扇子から向こうは「緊張の緩和」
の世界というボーダーラインを示している。」
馬生師匠は静かな口調で語る噺家であった。悟ったような口調である。
おそらく父親に対する芸の上での死闘をしてきたはずである。
滔々と語る。残り火のような芸風ということか。
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十代目 金原亭馬生 |
船徳(上) |
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十代目 金原亭馬生 |
船徳(下) |
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十代目 金原亭馬生 |
富久(上) |
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十代目 金原亭馬生 |
富久(下) |
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十代目 金原亭馬生 |
村正(上) |
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十代目 金原亭馬生 |
村正(下) |
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十代目 金原亭馬生 |
二番煎じ(上) |
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十代目 金原亭馬生 |
二番煎じ(下) |
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十代目 金原亭馬生 |
厩火事 |
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十代目 金原亭馬生 |
たがや |
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十代目 金原亭馬生 |
目黒のさんま |
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十代目 金原亭馬生 |
佃祭り |
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十代目 金原亭馬生 |
笠碁 |
「笠碁」・・・・・・という噺
人間のいじっぱりの噺である。ここでも大店の旦那衆がでてくる。とにかく
時間を持て余す旦那衆のこと、囲碁に傾倒していく旦那。でも腕はヘボ。
碁会所になぞ行っても相手はいない。丁度いい相手が友人の旦那であった。
いつものごとく碁を打っていると「待った。待たない」で喧嘩となってしまう。
力が互角だからこそ起こるもめごと。とうとう物別れになってしまう。
相変わらず暇を持て余す旦那。碁を打ちたくてうずうずしている。相手の旦那も
同様。とうとう我慢できなくて雨の中、相手の旦那の店先を右往左往して
入りづらい様子。中にいる旦那のそれを見てやきもきしている。
「早く入ってくればいいのに。」とおもっているが、相手も意地があるので
行ったり来たりを繰り返す。
中にいる旦那が「おいそこの、何してるんだ。入ってきて一番勝負しよう」と
いうと、ほいきたとばかり、中にかけ込む。待ってましたとばかり、石を
並べる二人。うれしくてしょうがない。
夢中で並べていると盤の上に水が垂れる。ふと前を見ると相手はまだ・・
笠をかぶっていた・・・という噺。