桂 米朝独演会 IN 京都

 


八月二十四日 午後六時半 独演会は始まりました。夏の京都は暑い。でもこの日はそれほどでもなかった。

場所は文化芸術会館です。米朝一門がよくここで独演会を開催します。なかなか京都までは行けないのですが

米朝師匠とはこれからお会いする機会もなくなるような状況にあります。残念ですけど師匠の衰えが目に見えて

きたようです。高座でも咳き込むことが多くなってきました。声量も落ちてきたような気がします。

“間に合った”噺家さんですので、追いかけなくてはいけません。そう思っています。

おもに関東を中心に寄席や独演会を回っていると上方落語に接することがないわけで、落語のルーツは上方にあり

ということがよくわかります。せいぜい上方の落語に出かけていきたいと思っているこの頃です。

では独演会とはいえ、一門の噺家さんの様子を・・・・・・・

 

桂 宗助・・・・・近眼の荷売り屋

 

昭和六十三年米朝師匠に入門。板前さんをやっていたという経歴の持ち主です。

「荷売り屋」というのは当時のコンビニでしょうね。

この噺。最初は「一人酒盛り」てな感じです。が・・・・・段々運びが違ってきますよ。いい酒を一人で飲んでいるのです

がね。酒の肴の調達の仕方が「寄合酒」じみてきますよ。近眼の店主の目を盗んで商品をただで手に入れようというの

ですからね。

 

桂 千朝・・・・・夏の医者

 

御馴染の噺ですよ。落語的な噺ですよね。SFですよ。なにしろ蛇が人間を飲み込んでね。医者のもっている下痢薬で

排泄されてくるというのですから、奇想天外ですよ。落語にはこのようなストーリーがよくありますよ。

この噺は牧歌的な要素もありますよ。無医村のような状況もあります。三里半もある隣村の医者というか、農業の

ついでに医者らしきものをやっている人を迎えに行くのですからね。

米朝一門のなかでは中間管理職的な存在でしょうね、千朝さんは、。安心して聴いていられる噺家さんです。

 

桂 米朝・・・・・足上り

 

江戸落語ではお目にかかれない噺です。「足上り」とはリストラのことですね。

仲入前ですが、米朝師匠はかなり力が入っていました。とりでいいのではないかと思いましたような噺です。

番頭さんと丁稚。二人とも芝居好きでね。仕事をさぼって芝居見物というわけです。

この設定は落語にもよくでてきますね。芝居好きの丁稚さんは決まって「定吉」ということになります。

「蔵丁稚」「七段目」とか出てきますよこの丁稚さん。そのころはメディアなどないのですから芝居見物が娯楽です。

このような登場人物二人を描き分けるには芝居の要素が要求されてくるわけですね。

勉強をしていない噺家さんには高座にはかけらえない噺でしょう。

とりネタといってもいい話ですが。今日は珍しく「崇徳院」をもってきたので、仲入り前の高座となったのでした。

 

桂 小米・・・・・口合小町

 

小米師匠というと故枝雀師匠の名前でもあるので懐かしいdすね。「口合小町」は江戸落語では「洒落小町」です。

円生師匠が得意ネタにしておりましたね。

駄洒落を次々に織り込んでいくネタですので。噺家さんはその時々のネタを入れたりして工夫しているのですが

滑ったりすることも勿論あるわけですね。小米師匠。枝雀師匠を意識しているわけではないでしょうけど、どこやら

芸風が似通っている部分もあるようです。

 

そして最後のとりネタは

 

桂 米朝・・・・・・・・・・崇徳院

 

米朝師匠のこの噺は記憶がないほど長い間、高座では掛けられなかったと思います。

なぜこの噺をとりに持ってきたのかはわかりませんが。聴きなれたネタですのでね。

それにしても、米朝師匠はこの頃咳き込むことが多くなってきました。

長いセリフは苦しいようです。ご自身も感じられているようです。

いつものオチを終えて、人間国宝 桂 米朝は深々と客席に頭を下げたのでした。

 

−完−

 



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