橘家 文吾 師匠編


ホール落語で3回程度、高座を拝見した。TV「でも何回か落語を聴いている。

それらの高座は文吾師匠の芸の確かさを感じていた。

「実力があるな。」と思った。可能性を感じる噺家さんです。次世代に残って活躍していく噺家さんでしょうね。

最近は有望な噺家さんが増えてきていて、落語界も安心して二十一世紀を迎えられるなとおもいます。

第二の志ん生はでないけれど、第二の文楽が出てくるかもしれないと期待しています。

また新たなスタイルで名人の域に達する噺家も当然出てくるでしょう。二十一世紀でも江戸をベースにして

いるかどうかは解らない。桂 米朝師匠の「豆狸」や「一文笛」などが古典とされていることでしょうね。

江戸時代に作られた落語は「古典」ならぬ、「古代」落語なんて言われてたりしてね。

あれっ、これ、どこかで書いているなあ。…………・・ 落語奇談「板ん治師匠」編をご覧下さい。

本題に戻ります。

下の演目はTVでみたものですが、これ以外にも多くのネタをお持ちのことでしょう。

まだ人情噺は残念ながら聞いたことがありません。軽いネタがおおいのでしょうね。

もし、このHPをファンの方が見てくれているようでしたら、文吾師匠の情報をたくさん戴きたく宜しく

お願いいたします。

橘家文吾

桃太郎

橘家文吾

夏泥

橘家文吾

手紙無筆

「手紙無筆」という……………………………………・・噺

「無筆」というのは文字の読み書きができないことをいいます。今は義務教育であり、よほどのことがないと

「無筆」の人はいない。

江戸時代には女性や職人などには学問は邪魔だといわれて読み書き手習いなどはしないのが当たり前

だった。

そんな中のある男に好きな女性から手紙がきた。この女性は読み書きができたらしい。ひょっとすると

誰かに書いてもらったものかもしれないけど。

どうしても、この手紙が読みたい男は、友人に読んでもらうことにした。当然、友人は「無筆」ではない。

大店などに奉公にいったことがある男などは手習いを仕込まれますから読み書きができる。

「薮入り」などを聞くと解りますよね。

友人が読み始めた。…・・が、この内容がすさまじいものであった。誤字脱字だらけの文章でして、その

面白さがこの落語の真骨頂である。ここで表現できない、というより表現するのが難しいので、ぜひ高座で

この噺を聞いて欲しいと思います。

本人が習いたての文字でたどたどしく書いているのか、代筆した人が手習いをはじめたばかりの人だった

のか。

でも不思議なことに無筆の男は立派に翻訳(?)できるのである。へんな単語を理解できているのだ。

字は読めないけど読んでもらうと解るという男。これもまた不思議ですよね。恋人は会話でも、わけの

わからない単語を使っているのかな?などと勘ぐってしまう。

オチの面白さよりも、駆け引きの面白さ会話の面白さでしょうね、この噺は。


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