桂 文珍 師匠編


 

TVでおなじみの文珍師匠で御座います。新作を中心にしておりますが。

古典も実力を窺い知る事ができます。三枝師匠もそうですが、やはり古典に対する深い素養は

あるのですね。三枝師匠もおっしゃっていますが、上方落語には今は亡き「桂  枝雀」という

強敵がおりまして、ものすごい存在だったのです。

古典では勝負ができないということがあるそうですね。

まああの枝雀師匠の存在を考えると肯けるエピソードですよね。

落語には「枕」があります。枕なしにすぐに話にはいる落語家が多い中で、桂 文珍師匠や

志の輔師匠などは枕に定評があります。時事ネタなどを取り入れて笑いを入れる。独特のひねりも

加えてね。談志師匠の枕も凄いし志らく師匠も凄いですよ。本筋の噺の中に枕のふりが入るなんざ

プロですよ。

文珍師匠はさぞかし多忙なスケジュールでしょうに、いつ噺の稽古をなさるのか、

でも「手水回し」などは立派な古典でして、いい出来ですよ実に。

上方落語界も一時の衰退の時期を盛り返し今や江戸落語に対して十分に、ごしていける

ほどの状況になりました。

なかなか大阪の寄席には行けないのですが、上方落語では寄席での出会いが

期待できないので、○○会などで聴くしかないのです。

しかし横浜にぎわい座のお陰で、上方と東京の融合ができて玉置館長に感謝する次第です。

江戸の寄席になじんだ席亭にとって「○○花月」などはと思われれるかもしれません。

しかし、当席亭はなんと大阪で六年間暮らした経験がありまして難波通いをしていたのです。

でもその頃は吉本新喜劇が好きだったのですけどね。

朝日座などにも好きで通いました。いい思い出となっております。

中座、角座、新歌舞伎座、花月……芸どころでんな浪花はぁ・・ほんまでっせ!

今は無くなってしまった劇場もあります。

ですから席亭は大阪弁(もどき?)でしゃべるのも好きですね。

とにかく心がウキウキしてくるもの。・・・・・で、上方落語は大好きなのです。

四天王ならぬ二天王となってしまった米朝、春団治、それに枝雀、仁鶴、三枝、文珍、南光、

雀三郎、吉朝、鶴光、福団治、…まだまだたくさんおられるのですよ。

米朝師匠のご子息の小米朝さんなどは期待できますよね。

日帰りで大阪の寄席に行ける時代になったのですから、席亭も江戸と浪花を行き来することに

しましょうか。文珍師匠は名古屋でも独演会がありますので行き易い。

 

 

        

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「手水回し」………・という噺

 

地方の方々が江戸や京大阪に見物の旅に出たときのエピソードを題材にした噺です。

「勘定板」という噺がありますが、似たような設定ですね。

「手水」という言い方を知らない田舎の方々が盛り場の旅篭で遭遇する体験談を

語ったものです。「手水」という言葉は今では余り使わないようですが、

「うがい手水に身を清め」などという言い回しに使われておりますね。

トイレ、お手洗い、お便所、ご不浄、かわらや、W.Cなどなど、色々言い方

はありますが、江戸時代の人々も同じなわけで、トイレにいった後は、手を洗いたい…

そこで「手水」の出番となる。桶に入った水があって、手を洗うというか、

柄杓で水をかける程度でしょうね。今は水道に手をかざして、ジャー…温風で手を乾かすか、

テッシュで拭うとなる。

ところが江戸時代の田舎ではトイレの後に手を洗うということはしていたでしょうが、

そのことを「手水を使う」とは言わなかった。ここに誤解のエピソードが生まれるわけです。

水道のなかった時代ですから、旅篭に泊まるとトイレに行った後に使うために

「手水」の桶がだされたわけです。これをどう解釈すればよかったのでしょう。

現代人でもホテルや旅館に泊まったときに、手桶に水を入れて係りの方が

持ってきたらどうしますか?

飲み水とは思わないでしょうが、水道が壊れたのかしらとでも思うのでしょうか。……

ですから現代でも、この噺とおなじようなことが起こりかねないのかと思うのですよ。

言葉が日本語が通じないこの頃ですからね。

さて、「手水」をだされた人達は使い方がわからないので、あれこれ考えたすえに、

飲み水だと判断した。実に当然の判断ですが、一人で飲み切れる量ではない。

当然回し飲みということになる。「手水回し」ですね。

ところが翌日も「手水」は補給されます。また飲まなくてはいけない。

でもそうそう飲めるものではないわけで。……(*_*)

    

「勘定板」という噺も同じようなことなのです。ある地方ではトイレに行って

大きい方をすることを「勘定をする」と言います。

「ちょっくら勘定をしてくるだで・・」となる。

このような人達が盛り場の旅篭に泊まる。なにやからやがあって、出発とあいなる。

番頭さんが料金=お勘定を請求にやってくる。

「へい、旦那様方、お勘定でございます。」といって請求書をお盆に載せてもっていく。

旦那衆は板の上に紙がのっていて、どうぞ勘定を願いますときた

「この板の上に勘定をしてくれというのか」…という解釈になって…

とうとう板の上にまたがって…・・ということになってしまうのです。

なんともはや、言葉の行き違いということで、こんなことも現代では、ありうることなのです。

地方によっては物の言い方は異なっております。

「メロンパン」のことを学校給食ででてくる「コッペパン」に対して言う地方があります。

そこに行って「メロンパン」を下さいと言っても出てくるのは「コッペパン」ですから。

面白いですよね。

 

 


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