談志師匠編パート2

 


 このホームページは随想ですので、加筆したり、内容を全部

 書き換えたりしますが、落語に魅入られた人間の戯れ言と笑って

 下さいな。

 

 談志師匠に対する思い入れが高じてパート2編を書きたくなってしまった。

 ラジオのニッポン放送で師匠の放送が流れているのに気が付いた。

 巷などでの師匠に対する評判などを聞いていたが、ナンセンスですね、

 師匠の価値が巷のオバサンに解るわけがないので、やれ不潔だの、身だしなみが

 悪いだの、表現がきつすぎるだの、全く的外れの言や如何。

 まあ師匠も十分理解されているようで取り合わないのはもっとも。

 文楽を否定し(?)志ん生を追いかけ、瓢右衛門やラケット師匠を追いかける

 姿勢は独特の師匠いわく「美学」なのだろう。

 師匠に「美学」があるのなら、客にも「美学」があるよ。なんて生意気な

 言い方をしたら叱られるかな。こらく師匠に怒られそうなので・・・

 

 感情の高ぶるまま、これを書いているので脈絡などは無視している。

 

 だから突然、急に、なぜか、なんで、とくる。

 

 立派に更正した旦那に、「べろべろに酔っちゃえ!」と言った「芝浜

 談志師匠の「芝浜」は他の追従を許さない。

 

 「火消しだろ、しつけ(ひつけ)は似合わねえんだな」と言った「人情八百屋

 「唐茄子屋政談」とストーリは似ているがオチは異なる。

 「火消し」の弟分に「いなせ」がいい。こういう江戸っ子は沢山居たのだろう。

 

 講談口調が名調子の「桑名船」

 「兵庫船」ともいう。談志師匠が講談の勉強もしていたことが解る。

 瓢右衛門氏に傾倒したのも、うなずける。

 

 下げを客になげてしまった「疝気の虫

 「金玉医者」もそうだけど、こういう噺がバーチャルワールドたる所以なの。

  

 

 珍しい(珍な)・・「金玉医者

 こういうバレ噺にも、師匠はいいんですよ。

 

 「四季折々」などという噺もあるんですよ。ご存じですか。

 多分知らない方も多いでしょう。私のライブラリーには収録されています。

 まあ開設は止めておきます。

 

 「二階ぞめき」や「ずっこけ」「よかちょろ」などの吉原物。

 まるで吉原の町並みが想い浮かぶような描写。

 「二階ぞめき」など落語の世界しかない場である。

 大店の二階に吉原を再現しようというのだから。ナンセンスだけど、

 これができるのが落語の世界・・即ちバーチャルワールドとくる。

 従って席亭たる私はこの噺が大好きとなる。

 「よかちょろ」は名人・文楽のおはこ。文楽師匠存命中は他の噺家はやらな

 かったという演目。

 これを談志師匠が受けてくれた。難しい噺だと思う。

 廓噺のジャンルでは志ん生師匠よりも文楽師匠の方が良いと思う。

 談志師匠もそう思っておられるのでは?

 

 「黄金餅」、内容は凄惨なのに人間の業として肯定してしまう落語のものすごさ

 「・・麻布絶口釜無村に着いた時にはみんなくたびれた。」までの間髪入れない

 口調は絶品。こんな地獄ような光景に面と向かって聴いていられる我々は

 一体何なのだろうか。これを映像で表現したら・・・・・

 ・・・はなしにもなんにもなったのもじゃない・・というのはこのこと。

 当時の人々の暮らしのもの凄さを想像させる。

 でも談志師匠は実に陽気に演じている。そうじゃないとやっていけないのかも。

  

 

 ストーリーで聴かせる「慶安太平記」・・「よさほいのほい・・えっさっさあ」

 

 柳枝師匠の「野ざらし」は実に粋だが、負けずと頑張る談志師匠の「野ざらし」

 「鐘がゴンと鳴りゃさ。上げ潮みなみさ。烏がカアと鳴きゃこたさのさああ。

  寝に来るさいさいさい。すちゃらかちゃんたら、すちゃらかちゃん」

 ご存じ名調子。

 

 ご存じ「源平盛衰記」、小朝師匠が追いかけているようだが・・頑張って

 

 仙台に縁があるのか、田舎者がでる「権兵衛狸」「勘定板」

 「ごんべさん。ごんべさん」と戸をたたく狸。後頭部でたたくと言う説だ。

 

 めったにやらないが、寄席で聴きたい「二人旅」

 

 「居残り佐平次」や「品川心中」、「付き馬」などの廓もの。

  本屋のバカ金、人の好い牛太郎。狂言に騙される女郎屋のお人好し旦那。

 

 「来年三月十五日」と叫んで一生懸命働いた「紺屋高尾」

 「あちきは主の正直に惚れやんした。」と見抜いた高尾の智性(誤字じゃない)

 「幾代餅」なども同じ噺だ。

 

 年増女のしたたかさを描いた「紙入れ」

 

 円生師匠のリアルさに一時期好きになれなかった「鼠穴」

 夢の中とはいえ、あの兄貴の態度は嫌だったなあ。

 

 勘の悪い男を相手に伊勢屋の旦那dが三度死んだと言う原因をまわりくどく

 説明する隠居さんの苦労と、さぞ絶世の美人だったろうなと伊勢屋の娘、

 体の持たない婿さんが可哀想でもあり、羨ましくもある・・「短命」

 

 そして「富久」、千両富の当たり札を火事で焼いてしまうとい不運に

 人の情けで助かった久蔵さん。札がなくてあきらめかけたときの久蔵を

 どう描くかが、この噺のみそ。噺家によりいろいろある。あっていい。

 現代に置き換えれば「ジャンボ宝くじ」の一等を無くしたようなもの。

 一億数千万を不意にしたのだから。噺家の価値観によっていろいろあるよ。

 久さんという人物は幇間だけあって、人当たりがよく、人間関係は良い。

 だから旦那の店に近所が火事と知ってそのまま寝ようとした長屋衆が

 久さんの得意先を思い出して久三を起こす。

 留守中に自宅が火事で、火消しの頭が久さんの部屋を覗いて大神宮を運び出すの

 も、人間関係からだ。

 回りまわって自分に還る。それがお宝という形になったというできた噺。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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