三遊亭 円窓師匠編

 


 実に地味な芸風の噺家である。生真面目な噺家さんだ。

 「生真面目な」というのも変だけど、ほかに言いようがない。

 円窓師匠には「円窓五百噺」という凄い挑戦がある。

 ふつう噺家はいくつくらいの演目を用意しているのだろうか。

 すぐできるのが20〜30程度ということを聞いたことがある。

 100以上の演目をもつ噺家はすくないのではないか。

 それからすると円窓師匠のレパートリーは凄い。

 下表にもあるように、“叩き蟹”などは珍しい演目である。

 “帯久”は小南師匠が高座にかけていた。

 「安中章三郎」という噺も珍しいと思う。

 円窓師匠の師匠は勿論、円生師匠である。

 昭和の名人といえば、文楽、志ん生、円生だ。全部芸風が異なる。

 円生師匠は、“目”を大切にしたという。“視線”のこと。

 たしかに円生師匠の「ねずみ穴」などは、迫力があった。

 あまりのリアルさに、「ねずみ穴」という噺を一時期好きになれな

 かったほど。手ぬぐいと扇子だけを小道具として話芸だけで表現する

 落語は聞き手のイマジネーション(バーチャルリアリティー)に

 依存する。聞き手が空っぽでは成立しないのが落語という芸だ。

 その意味では“パントナイム”なども同じような芸であろう。

 高座に座布団一枚の上に坐って着ているものといえば、今時珍しい

 羽織袴の和服。持っている小道具は手ぬぐいと扇子。背景は無い。

 (まあ大抵が襖のようなもの)

 このシチュエーションで“吉原遊廓”を話芸で表現しようてんだから

 すごい。その証拠に、かくいう私は“吉原”の町並みをまるで、

 カーナビゲーションのように案内できる。大門をぬけるってえと

 大店がどこで、どこの店にはどの花魁がいて、この店は「付き馬」の

 モデルだとか、この店が「紺屋高尾」がいる店だとか、「幾代太夫」が

 いる店だとか、「明烏」の若旦那はこの店に上がったんだとか、

 思い浮かべることができる。だから「二階ぞめき」なんぞは、実感すら

 覚えるから、私も重傷(中毒患者)だ。

 でも聞き手がここまで準備できなければ、「廓噺」はつまらない。

 ちょっと横道にそれたが、だからこそ、噺家の仕草・表情・視線・

 声色は重要になる。特に視線は重要なのだろう。円生師匠がそう

 おっしゃているのだから。

 小さん師匠の「睨み返し」などは典型ではないだろうか。

 円窓師匠も円生師匠のこの教えを守っているということだ。

 では珍しき「叩き蟹」で円窓師匠の出でございます。

 

三遊亭円窓

安中章三郎

三遊亭円窓

叩き蟹

三遊亭円窓

つき屋無言

三遊亭円窓

中村仲蔵

三遊亭円窓

帯久

三遊亭円窓

甲府い

三遊亭円窓

薮入り

三遊亭円窓

町内の若い衆

三遊亭円窓

短命

三遊亭円窓

火事息子

 

「叩き蟹」・・・・・・・・・という噺

 

 人情噺なのだけど、一様オチはある。が、つまらないのでオチは気にしないで

 下さい。

 江戸は日本橋のたもとに「黄金餅」を商う店があった。ある日、店の前に人

 だかりができている。実は小僧さんが店の餅を盗もうとしたのを見つかって

 店の主人に折檻を受けようとしているのを、衆人がとりまいていたのである。

 そこに通りかかった御仁がいた。何だろうと思って中に入ろうとするが、人だか 

 りで入れない。そばにいた男に事情を聞くと小僧さんの一件のようだとわかる。

 店の主人は「親がいるのなら出てこい。さもなければ、折檻するしかない。」と

 叫んでいた。と、かの御仁。「私が親です。」とそばの男に言う。

 男は「それなら早く中に入っていかなくちゃいけねえ」と、衆人を押しのけて

 最前列に押し出した。でもこの御仁、親などというのは嘘で、ただ前に行きた

 かっただけのこと。最前列に出ると確かに小僧さんが店の主につるしあげられ

 ていた。さっそくこの御仁は仲裁に入る。

 「まあ、ご主人、子供のやったことにそう目くじらたてなさんな。」

 「なんだ、おまえは、みたところ江戸もんじゃねえなあ。どこの国からでてきな

  すったい。おめえさんにはかかわり合いがないこと。余計な口出しは御免

  こうむろうじゃねえか。」

 「まあまあ。ところで小僧さんや、どうして店の物なんか盗もうとしたんだい。

  餅を盗んで自分で食べたかったのかな。」

 「そうじゃないよ。おいらの家は、父ちゃんが大工をしてるんだけれども、

  この間、高いところから落ちて腰が立たなくなっちゃって寝たきりなんだ。

  かあちゃんはお産のあと体の調子が悪くて寝てる。家にはおいらを頭に

  6人子供がいるから、おいらが長屋の人たちの使い走りをして、いくらか

  駄賃をもらって食べさしてやってるんだ。でもこの頃、使い走りも少なく

  なって、兄弟達やおとっつあんらに食べさしてやれないんだ。

  この店の前に来るとうまそうな餅が並んでいて、これを持って帰ったら

  どんなに喜ぶかと思い、つい手が・・・おいらが食べたかったわけじゃないん

  だよ。」

 「そうかよく解った。どうだろうなあ。ご主人、聞けばかわいそうな身の上。

  ここはひとつ見逃してやるわけにはいかないだろうか。」

 「冗談言っちゃいけねえ。商売物をただもってかれたんじゃ、示しがつかねえ。」

 「“情けは人のためならず”というじゃねえか」

 「“情けは人のためならず”というのはそういう意味ではないのだがな」

 「そうか、そうれでは私が立て替えるというのはどうかな?」

 「そりゃ、お代さえもらえれば、こっちはかまわねえんで・」

 「そうかそれじゃそうしよう。餅はいくらかな?」

 「へえ、ひとつ10文で」「そうか、それでは小僧さん、兄弟達やおとっつあん

  おっかさんの分まで持っていきなさい。・・いいから遠慮はいらない。

  おじさんはこのなりだが、餅代くらいはもっているからな」

 小僧さんは餅をもらうてえと、泣きながらこの御仁に丁寧に挨拶をして帰って

 行った。

 「それでは旦那様、お代を頂きましょう。10個持っていきましたので。

  丁度100文になります、有り難うございます・」

 「そうだな、えーーーっと」と、この御仁、財布を探すが無い。そうやらスリに

 あったらしい。

 「困ったな。財布が無いよ」「えっ、すられた?弱ったなこりゃ。」

 「そではこうしよう。なにか手頃な木材はないかな。」

 「店の裏に行けばいくらでもあるけど、なんにするだい?」

 「いいから、いいから」というと店の裏に行って裸になって水をかぶり、清め

 たあと、ないやら木を彫り始めた。小一時間でできたようで、主人のところに

 もってきた。見るとなんだかよくわからない。

 この御仁、この彫り物をおくってえと、これを形にして、行ってしまった。

 こまったのは主人の方。100文の形に二束三文の置物じゃ合わないと、

 悔し紛れに叩いた。するとどうだろう。その置物は「蟹」で横にはった。

 動いたのである。・・・これに驚いたのが周囲を取りまいていた町人達。

 噂が噂を呼んで、店の前は長蛇の列。おかげで店は大繁盛。

 そんなこんなで月日がたったある日、例の御仁が店にやってくる。

 その店ではあの小僧さんが働いていた。実は小僧さんを不敏に思った主人が

 店で働くように取り計らったのである。“情け”をかけてやったのだ。

 この御仁はすっかり身なりもよくなり、見違えるようだった。

 最初は解らなかった主人も気が付いた。

 職人として働いている小僧さんは自分がつくった餅を食べてもらう。

 心を込めて作った餅だから、おいしいのは言うまでもない。

 「ご主人。よくやってくれました。おかげで小僧さんも立派になりました。

  お礼を申し上げます。あなたは“情けは人のためならず”といっていたが、

  本当の意味は人に情けをかけてやれば回りまわって自分にかえってくる。

  ということなのだよ。小僧さんも立派になってお店の役に立っている。

  ご主人が作った餅より小僧さんのものがうまい。」

 ご主人は、この御仁をただならない人物とみたか名前を問う。

 なかなか名前をあかさない御仁に対して小僧さんがこう言う。

 「貴方様は“左 甚五郎”というお方ではありませんか。あの蟹の彫り物を

  作れるのは他におりません。」

 「そうか解ってしまったか。」・・この御仁は飛騨の名工“左 甚五郎利勝”で

 あった。

 「切り餅も食べてもらえませんか。」と小僧さん。

 「うん、頂こう」と、出てきた餅をとりあげると、なんとつながっている。

 「小僧さんこれは困ったな」「すいません、すぐに包丁を持って参ります」

 ところがそばにいた蟹が「私の鋏でどうぞ」・・・でオチ。

 

 この噺は人情噺のジャンルに入るのでこのオチは余り出来が良くない。

 “左 甚五郎”という人物を取り上げた噺は「三井の大黒」がある。

 “左 甚五郎”ではないが「抜け雀」も同じような噺だ。

 人情噺を中心とする江戸落語の中でもやり手が少なくなった「叩き蟹」という

 噺。円窓師匠の努力が伺える。「五百噺」の成果であろう。

 

 

 

 


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