橘家 円蔵 師匠編 

 


 先の月の家円鏡師匠である。あの文楽師匠の弟子である。実に恵まれた

 環境にいた。円鏡時代は売れに売れた「落語家」である。お馴染みの

 芸人としてTVタレントとして一時代を築いた人である。

 噺家になる前は「紙芝居屋」をやっていたそうである。

 談志、円楽、志ん朝師匠と並んで「四天王」と言われた。

 この三師匠とは噺の質がかなり違う。「爆笑王」を目指していると

 思っている。泥棒が池に逃げ込んで杭につかまって「クイクイ」という

 小咄をよくやっているが、圓蔵師匠の噺に対するスタンスを表している

 と解釈している。でもその意味を完全には理解していないが。

 八代目名人「桂 文楽」を師匠にいただくとはうらやましいにつきる。

 余りにも偉大な師匠をもつと苦しい面はあることを自らが語っている

 名人文楽の芸を継承しえない自分へのふがいなさを感じておられるの

 だろうか。そうではないと思いたい。

 圓蔵の芸を確立してこそ、さすが文楽の弟子だという評価を得られる

 と考えられているのではないだろうか。

 戦後の爆笑王「歌笑師匠」の再来になって欲しいなあ。

 メディアでは必ずしも評判の良くない師匠ではあるが、楽しみな芸人

 だと期待してます。

 

 

橘家円蔵

鰻の幇間

橘家円蔵

猫と金魚

橘家円蔵

おお安売り

橘家円蔵

無精床

橘家円蔵

穴どろ

橘家円蔵

愛宕山

橘家円蔵

死神

橘家円蔵

火焔太鼓

橘家円蔵

寝床

橘家円蔵

道具屋

 

「穴どろ」・・・・・・・・・・・・という噺

 

 泥棒をテーマにした噺というと「転宅」「出来心」「お血脈」などなど。

 それに文楽師匠の「締め込み}だある。

 まあ余りできの良い泥棒はでてこない。泥棒の噺は差し障りがないので安心して

 高座にかけられるという。「ケチンボウ」もそのたぐいだそうで。

 例によって間抜けな泥棒。とある大店の裏手にやってきた。日も暮れて裏庭から

 忍び込んだ泥棒。実はこの泥棒はにわか泥棒ってやつで、金に困って、女房から

 金の工面をきつく言われ、なんともならずにウロウロしていたという男。

 座敷の中を覗くと誰もいない。しかも宴会の後なのか膳が並び、ごちそうが

 残されている。食い意地のはった泥棒はのうのうと上がり込み、飲み食いを

 始める。普段食べ付けないものや良い酒にすっかりご機嫌になった頃、

 その屋の主人の子供と思われる小児が這い出てきた。間抜けな泥簿は子供を 

 あやしたりしているうちに、家人達が戻ってきた。さあ大変だということで、

 あわてて逃げる泥棒は庭の隅の穴に落ちてしまう。

 

 ・・・ここで若干の開設を入れると、江戸は火事早いところでちょくちょく

    火事が起きたそうである。消防施設も貧弱な時代でもらい火などは日常

    茶飯事だった。大店では店の財産を守るために蔵を建てて保管をした。

    しかし日常使う物までを蔵に入れるわけにもいかず、緊急の場合は、

    庭に掘った穴に放り込んで火事から守ったということである。

    この泥棒が落ちた穴もこの類のものであろう・・・・・・

 

 家人達は泥棒が入ったのがわかり大慌て、怖くて穴に近寄れない始末。

 そこで出入りの強の者を呼んで穴から引っぱり出そうという算段をした。

 呼ばれた奴がからきしで、普段強うそうなことを言っているが真は腰抜けで

 穴に入って泥棒を捕まえてやるなどという者はいない。

 困った主人は金でつろうと賞金をかける。「どうだ捕まえてくれた者には

 10両出そうじゃないか。誰かいないのかい。」

 それを聞きつけた泥棒。「金をだすって!それならこっちから出ていくぜ」

 これがオチ。

 頭などと呼ばれてもからきしだらしがないし、いざという時は店の者も頼りに

 ならないこと。10両盗めば首が落ちる時代。穴から出る替わりに10両もら

 えるという話についのってしまう泥棒の心。

 良くできた噺だと思う。今は余り演題にのらなくなっているけど、小三治師匠が

 高座にかけることが多い。


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