「講談師 神田 北陽さん」編

講談は落語と比べると人口も少ないですし,常打ち場所も浅草の木馬館くらいでしょうか。
講談師も全部で47人ほどだそうです。落語家は500人位だそうですから、随分と違うものです。
一龍斎貞山 小金井芦州 宝井馬琴 一龍斎貞丈 神田山陽 名人たちが他界していく中で
若手の台頭がようやく北陽さんにして見えてきております。
北陽さんは、寄席で育っておりますから、落語家さんにもまれております。従来の古典とされる講談から
新作とされる講談に取り組んでおられます。小話的な講談なども披露しておりまして、講談なのにオチが
つくというようなものもあります。
高輪泉岳寺は赤穂労使の墓があることで有名ですし、毎日お線香の煙が絶えないと言う。
一方、吉良氏のお墓は中野にありますが、見る影もないし、お墓も小さい。歴史上では吉良氏は悪い人で
なかったようです。そこで、吉良氏に墓をもっと大きくしたらどうかと注進した者がおります。それを聞いて
吉良氏は一言。
「おお石は懲り懲りだ。」
てな調子ですね。
こうなりますと、講談なのか落語なのかわからなくなりませんか。
でも講談師がやっているのだから講談でしょうね。
落語家が「源平盛衰記」のように落語の中に講談調を取り入れるのなら,講談師が講談の中に
落語を取り入れたっていいのですよ、きっと。
講談口調の落語なってのも面白いかもしれません。
「寛永三馬術」の中に「馬の田楽」なんてのをいれちゃったりしてね。
古典を壊しているとは思いません。それに講談の古典をしている、理解できる世代が少ないでしょ。
今の若者には無理ですよ。歴史なんて勉強していないもの。勉強しているとしても、それは受験にでてくる
歴史でしょう。講談にでてくる古典の内容はしらないでしょうね。
ですから、「寛永三馬術」の中に「馬の田楽」を混ぜてしまってもおかしく聞こえないでしょうよ。
昇太師匠の「壷算」を聞いたことがありますが、「らくだ」的なものを入れておりました。
(ちょっと違うかもしれませんが。そんな気がしました。)
春風亭昇太師匠の独演会で北陽さんの高座を拝見できます。
永 六輔さんが、大の北陽ファンだそうです。
これあからの講談は古典だけでは衰退していくのではないかと思います。これは落語にもいえますが。
古典をベースに今の現代の自分の見方で切り込んでいくというようなことができなくては・・・・・・・
漫然と古典を守りつづけていくというか、スタイルを変えないでいる人達が多いですよ。
古典をやっても、北陽さんな何か違ったものを聞かせてくれるという期待をもてるのです。
噺家さんでも同様です。志らくししょうや、志の輔師匠、家元や志ん朝師匠など、皆さんそうです。
浪曲界に「国本 武春」あり。講談界に神田北陽ありですよ。
新作講談:「台所の話」
台所の片隅に使われなくなって置き去りにされている台所用品たちのお話です。
新型が出てきために使われなくなった「レモン絞り器」、スライスチーズが発売されて使用済みの
「チーズカッター」、「ゆで卵切り器」などなどの悲哀こめたお話が展開されます。