「幇間 悠玄亭 玉輔 師匠」編

幇間…聞きなれない言葉でしょうか。現代では数人しかいなくなった職業です。職業という言葉が適切かどうか
わかりませんが、幇間を生業にしてきた人々がいて、今もおられる。
幇間すなわち「たいこもち」である。名前の由来は文字通りでして主人の持っている太鼓を持って歩いた人とか
それが、遊郭のお茶屋とか市中の料亭などのお座敷で芸者衆とともにお座敷の主人である旦那を取り持って
祝儀を戴くという商売をする人のことをさすようになった。芸者は歌や踊り、三味線で客を喜ばせ、その上に
お色気ときている。魅力は十分です。しかし男は、幇間はそうはいきません。もちろん、踊りや歌はできます。
お色気では勝負できません。旦那に気に入れられるには、旦那をおだてる、即ち「よいしょ」するという技術が
必要になります。
「よいしょ」については、落語の「鰻の幇間」という中で聞くことができます。それ以外にも落語の中では
多くの幇間がでてきます。「たいこもち」を理解するには落語の中だけでは無理です。ではどうすれば
よいのでしょうか映画の中での「たいこもち」を見るという方法がありますね。「吉原炎上」とか
「幕末太陽伝」とかね。もっともよいのは、お座敷でね、現在の「たいこもち」を呼んで遊ぶということだけど
極めて難しいですから、素人には無理でしょう。幇間のでてくる落語では八代目 桂 文楽師匠が最高です。
まず右に出るものはいないというほど。
悠玄亭 玉輔師匠は本物の幇間です。師匠が時たま高座に上がってお座敷芸の一部を見せてくれました。
席亭も実物をみたことはありません。TV放映を見ただけです。のっぺりした顔で男前ですね。
その時は高齢でしたけど、若かりし頃はさぞやとおもわせるような・・・・・・・
そのお座敷芸を説明したいのだけれど、文章では難しいというより伝わらないでしょう。
と思いながらもやってみましょうか。
高座には屏風が立てられている。お座敷にもあるような屏風です。
玉輔師匠は屏風に体半分を隠します。屏風の裏に誰かから手を引っ張られているような仕草をみせて
出たり入ったりのようす。誰にも手を引かれていないのに引かれているような仕草が面白い。
いわゆる、お座敷の一人芸というものですが。客は受けるでしょうねきっと。このような芸は繰り返しですから
毎日が勝負ですし、「おい、師匠。いつものあの芸をたのむよ。」なんていわれれば一人前ということに。
桜川ピン助という名幇間がおりました。TVで拝見しただけでしけど、粋な感じの人でした。
もちろん、粋でない幇間なんていませんけど。
これからも高座で幇間芸を見ることはないでしょうね。やっても客が全く理解できないでしょう。
不景気な世の中です。「お座敷遊び」などする社長も少なくなってきているでしょう。
庶民には程遠い場所でもあります。しかしながら伝統芸のような格好では残ってほしくはありません。
時代が求めないのなら消えゆくしかないのかも・・・・・・・・・・・・寂しいけれど。
ほうれ! かっぽれ!かっぽれ!