
桂 枝雀は「落語とは緊張の緩和」という表現は聞いていた。 しかし、「落語とは座布団だ」というのははじめて聴きました。浅井慎平氏によると 桂 枝雀はこう述べたそうである。立川談志は「落語は人間の業である。」言う。 「落語とは座布団だ」とは、どのように解釈できるのでしょうか。 落語家の持ち物といえば扇子と手ぬぐい。色々な物に小道具にたとえて使います。 で・・・座布団ですよ。・・・・・小道具としては使いませんが、必需品です。 落語のルーツが法話だとすれば住職が座っている座布団(紫色)と同じ意味があるのでは ないでしょうか。ただし色は赤ですけれどね。「人間の業」を語るベースとしては ふさわしいものでしょう。 落語のみならず人はそれぞれの立場により「座布団」を持っているということでしょうが さて自分にとって「座布団」とは何なのかと考えさせられます。 ・・・・・・・・・・・ 高座に座布団のみ置いてある。落語家の出を待っている。ネタは解っている。どんな話かは わかっている。でも今日はなにか工夫を入れてくるかもしれない。枕はどんなことを 話すのだろうか・・・・・・・などなど期待を込めて待っている。 お囃子が鳴って・・・・出でございます。