上方落語「向こう付け」

「職人が学問をしてどうするんだ。」なんて時代ががそんなに遠くなかったのです。読み書きのできる人が少なかった
時代があった。無筆などといいましたね。
この国は教育レベルが高くてね、現代では無筆の人などいないでしょうね。
ただし、字が読めるのと内容が理解できる、伝えることが出来るのとは異なりますよ。
「本を読む」のではなく、「本を見る」人たちが増えている時代となりました。
ある意味では「無筆な人」が多くなってしまったということでしょうか。
落語の中にもでてきますよ。「手紙無筆」なんてのはそのものですが、「浮世床」などにも字が読めないのに、見栄を
はってね、本を読んでいるような振りをしている人がでてきます。周りの人は皆知っているのですがね。
落語「向こう付け」という噺は、東京落語ではなかなか聞けませんし、おそらくは上方落語しかないのでは
ないでしょうか。少なくとも席亭は東京の寄席では聞いたことがありません。
無筆の人が巻き起こす出来事がテーマです。では、ちょいと内容を説明しましょう。
御馴染みのすこーし抜けた男がおりましてね、普段世話になっている隠居さんが亡くなられたというので、悔やみに
出かけます。きちんとした挨拶などできませんけれど、家の人からは気に入られております。何か手伝いをという
ことで、斎場にて帳場係りを頼まれるのですね。この男無筆ですよ。帳場係り、受付ですね。弔問にきた人の名前を
記帳しなければならない役ですが、無筆です。
自分の女房に相談すると、気の利く女房で、帳場は二人でおこなうのが普通だから、早く先に行って、掃除とかを
済ませておいて、後から来た人に記帳をさせればよいと、まあこんなことを言ったのです。
それならと、斎場に行きますと、もう先に男が来ているわけです。聞いてみるこの男も無筆でね。
同じようなことを考えて先に来ていたというわけですな。
さて、無筆の帳場係りが二人では話しになりません。そこでひねりだしたのが、
“弔問にきた人が自分で記帳する。”ということですね。「向こう付け」というわけですなぁ。「銘々付け」とも言う。
さてさておかしなことになってくるわけですが、それでも来た人に書いてもらっている。
始めは順調に行っていたのですが、そのうちに無筆の人が弔問にやってきた。
さあ、「向こう付け」というわけにはいきません。困ってしまいますねぇ。・・・・そこで
「あんたはこなんだことにしましょ。」てなオチになるんですね。
記帳しないで帰ってくださいってわけですな。
なんか風景が思い浮かびますねぇ。