上方落語「夢見の八兵衛」

八兵衛というとね、「水戸黄門」シリーズにでてくる、うっかり者ですが、上方落語でも八兵衛というとそう、かしこい
人は出てきませんようで。まぁ働きもしないでね、稼ごうというようなことばかり考えているようでして・・・・
「こんにちは、どうだす、近ごろ寝ていて食われるというようなぼろ口はおまへんか」
「なんじゃ、来る早々出し抜けに、寝て、食われる口……無いともいえんなア、まず丹波の山奥へでも行きいなア」
「食われますか」
「そうやなア、弁当でも持って出掛けるのや、弁当があいたら空の弁当箱枕にして寝ていなア」
「ヘイ、食われますかいな」
「そしたら狼が出て来てすぐ食ってくれるわ」
「ヒヤア、そら狼に食われるのや」
「そや、寝てて食われろのや」
「ウダウダと、それでは腹がふくれへん」
「狼の方でふくれるがな」
「そんなジャラジャラした、そうやない、寝ててこっちが食えるというようなことを聞いてまんねんで」
「このせちがらい時節に、そんなぼろいことがあってたまるもんか、稼いだ上にも稼がないかん世の中、稼ぐに追いつく貧乏なしと昔からいう通り、お前も、のらのらしてずに働かないかん、相変わらずのらのらしているのやろ」
「そのくせ働いてまんねで」
てな様子でしてね。
変わった御仁がよくでてきますよ。
「雀を捕獲する方法。」
「お米を日本酒に浸しておきます。」
「酒が良く沁みたら、取り出してね。庭に撒きます。」
「大好きな米が目の前にあるので、雀は喜んで庭に下りて、米をつつきます。」
「米には酒が沁みこんでいるので、雀はそのうちに酔ってしまって、いい気持ちで寝転んでしまう。」
「そこを狙って一網打尽にする。」
てなね。ことを考えたりしますよ。他にもねぇ。
「鴨を一網打尽にする方法。」
「冬の極寒い日に、田んぼに水を浸しておきます。」
「そこに鴨が下りて来て田んぼをつついたりしています。」
「冷たい北風が吹くと田んぼは直に凍ってしまいます。」
「鴨は足先が凍ってしまって飛び立つことはできません。」
「そこでね、鎌を手にしまして、動けない鴨を刈っていくわけです。これを稲刈りならぬ、鴨狩り・・・・てね。」
「春になると。刈ってしまった足から芽がでてきてね・・・・・・・・・・・これがほんとうの・・・・カモメ・・・・・てかっ。」
さて、八兵衛さんですが。暮らしのほうは楽ではありません。フリーターなどでアルバイトをしてね、日当を稼ぐに
しても、不器用ですからね、働き口がなかなかないわけですなぁ。
とにかくも、仕事中に居眠りをしてしまうというのが八兵衛さんの評判ですのでね。いかんともしがたいわけ。
そん八兵衛さんにも、稼ぎの誘いがやってきますよ。
「金儲けと聞いたら聞きのがせん、行きますとも、どんな口だす」
「別に難しい仕事やない、家の番に行くのや、それも一日だけでええ、相当の礼金もする、つまりつりの番や」
「結構、つまり留守番だすな、私も釣りはすきだす、今から行きまひょか」
「イヤ夕方からでよいから、お前またねむいといかん、たった一晩のことやで寝んように、これから夕方までゆっくり昼寝しておいて、なるだけゆっくり出掛けて来たらええ、ちゃんとこしらえはこっちでしておくさかい」
「そんなら頼みまっせ、夜釣りだんな、面白いなア」
「頼むのはこっちや、よう寝といてや」
……夕方早くから出掛けて来て、
「ボチボチ行きまひょうか」
「まだちょっと早いけどまア出掛けよう」
「遠方ですか、どの辺へ釣りに行ったんやろ」
「ついこの横町じゃ、うちの借家じゃ」
横町へ回りますと、一間半以上もあろかと思われる間口の広い路地で、片側の前が便所、家が四軒ほどある長屋で、突き当たりには大きな植木が一本デンと植わってある。一番戸口、初めの家が差配人の家らしく、主人は不在らしいがお内儀さんが台所片付けの最中。
「お咲さん、居なさるか」
「お家主さんですか、まアまアお待ち致しておりました。先程、お使い有難う、ちゃんとこしらえはしておきましたが、何しろまだ検死がすまんあのまま、隣もいややから引っ越すなんていうてますし、奥の家でも今夜は帰らんというて夫婦で出掛けますし……」
「いろいろとお世話さん、何というても他のことと違うて、あんな、ソレつりやろ、来手がないので困った、幸いこの男が番してくれるので今晩は安心しておくれ」
これだけ聞いたら大体はわかるはずやが、そこが変わり者の八兵衛、このはなし横で聞いていて感心して独り言。
「よっぽど釣りが好きやなア」
「あんた御苦労さんです、うっかりしていました」
「まアよい、この男にその切り溜めを渡して、さア八さん、行こう」
「まだ先だっか」
「一番奥の家や、サアここや、開けて入り」
「ハハ、閉まってまっせ、留守だっせ」
「留守やから番に来たのやが」
「なるほど、マア甚兵衛はん、お入り」
「何を言いやがるのじゃ、どっちみち入らな番が出来へんがな、サア入り」
「ヘイ今日は」
「阿呆、誰も居えへん、留守やないか」
「ソウソウ、内らは真っ暗だすな、戸を一枚開けまひょうか」
「イヤ、もう日暮れやからすぐ閉めんならんさかい、ええ」
「アアここの家、畳がおまへんなア」
「上へ上がる前に庭のすみに筵《むしろ》が一枚ある、それを取って上へ敷きなはれ」
「これでよろしおまっか」
「それからここに米箱の空があるからその上へ置き」
「ここら辺ですか」
「よしよし、それからこの土器《かわらけ》に火をつけてその箱の上に置いて、それから表の家から持て来た物をその上へならべるのや」
「これは何だす、えらい温《ぬく》おますなア」
「それはお前が夜中に腹が減ると困るし、退屈せぬように握り飯と煮しめやがな」
「では私がよばれますのか、頂きます」
「オイオイ食い意地が張ってるなア、そこへ坐り込むまでに、庭のすみにある割り木を二本取って来なはれ」
「ヘイ、これですか」
「どれでもええ、お前が持つのに手頃なやつをよっておいで、それそれ、そしてその割り木で一ペん床板をたたいてみなはれ」
「これでたたけてだすか、どうたたくのだす」
「どうたたくというたて、お前も前は夜番をしていて、太鼓の一つもたたいた覚えがあるやろう」
パンパン、スパパンパン、スパラパンのパンパンスパパン、パン。
「これでどうです」
「なかなか上手い、節がついて面白い」
「上手やなんておだてて、左の手があいてまんがな」
「腹が減ったら左手で食べたらええのや、それから今日の日当少ないけれど入れておくさかい」
「これはごきんとうに、有難う、急いで来たので夕飯食わずだんね、ちょっと失礼します、これはなかなかうまい、急ぐ時には熱飯《あつめし》を握るには醤油にかぎりますとなア、なかなか塩加減が上等、表のお咲さん上手だんなア、米が上等やから石が多い、うっかり石を噛んだ、そのかわり煮しめにコンニャク、金玉の砂おろしか、なかなかお咲さん気が利いてるがな」
パンパンパンパパパンパン。
「これは一体何だんねんなア」
「今頃気がついたのか、今日のはなしでお前はよう寝るということやさかい、寝られたら困る、寝んようにそうして床板をなぐらしておくのや」
「アアさよか、こら寝られんわ、大丈夫だすわ、自分でもやかましゅうて寝られん、第一腹が空いたらこれを食べて、これでねむとうなったらあんたと話しまんがな」
「オイなに言うのや、わしと話しする、わしがいるくらいならお前に金出して頼むかいな」
「甚兵衛はんはお帰りですか、アアさよか、けどまア宵の内ぐらいよろしおまんがな、まアお上がり」
「なに言いくさるね、わしもいろいろと他に用事がある、また来られたら後で来てやるから、寝んように番するのやあで、どっちみち朝は早く迎いに来るけれど」
「甚兵衛はん、まアよろしいがな、アアもう表へ出なはったのか、モーシ甚兵衛はん」
「やかましいな、表から掛け金をかけておいてあげるからな」
「そんなことしたら便所に困りますがな」
「やりたかったらその庭のすみででもしときいなア」
「犬か猫やが、モシ甚兵衛はん」
「さあこうなったら言うておくが、お前の目の先の奥の間に、取り合い筵が一枚吊ってあるやろ」
「筵……ヘイおます、おます」
「それさえ間違いのないように朝まで番をしていたらよいのや、ええか頼んだぜ」
「甚兵衛はん、モーシ甚兵衛はん……筵というて、そんな殺生な、それならそれと最初に」
パパンパパンパンパン、
「誰や居なはるな、モーシあんたも番に頼まれて来なはったのか……こっちへお出でやす……賑やかになってよろしいが……上に頭があってこれが足で……ヒヤー長い人や、甚兵衛はん、甚兵衛」
パンパンパンパン。
「誰や居ててて……居ててだすせ」
八兵衛は夢中でパンパパンパンパパン。
せいでもよいのに、こわい物見たしのたとえ。手をのばすとちょうど割り木が筵の裾へ届くのでちょいと下から二、三度いじると、落ちよう落ちようとしていた筵ですから、フワリととれると、この家に住んでいたやもめ、はりに細引きを掛けてふらりと下がる。松鶴《わたくし》はこの話が嫌い。
というのは、師匠が、お前はつり前がよい、とほめられましたが、色消しで……、青洟《あおばな》をたらして……。首くくりというから締めるのかと思うたらそうでない、紐が耳を越していたらよいのやそうで、下から足がちょっとでも離れて喉仏さえ押さえれば大丈夫、やり損じがないと、私の心安い首つりの話で、イヤ心安い首つりてございませんが、ともかく八兵衛、びっくりしよった。
「ヒャー、首つりやがなア、甚兵衛はん……吊ってるねやがな、吊ってるねやがな、首つりならそうというてくれたら、こら、ちと安いで、甚兵衛はん、ええ甚兵衛、コラ甚兵衛」
パンパンパパンパンパンパンパパンパン。
宵の口はそうでもないが、夜が更けるにつれて近辺が静かになる、自分がたたいてる割り木の音が響いてこだまするのが、なんじゃ気味悪い音がする。風が吹いて前の榎《えのき》に当たるとザアーとすごい、細いとこ吹く風はピューとうなって、これが破れ障子に当たると障子が江戸弁をつこうて、ペロペロナンダベラボ。
まさかなんだとはいいませんが、近所の風呂屋のしまい湯が大水道へ流す音、ザアー……。これが小溝に伝うと一層すごく聞こえてチョロチョロチョロ。
八兵衛も宵と違うてすこしだれて来た、手もだるなるし声も出んようになる。
「ウフフフフウ……甚兵衛はんいうたら」
時刻はちょうど丑満頃、家の棟も三寸下がろか水の流れもひとやすみ 、草木もしばし眠る丑満頃とは今の二時過ぎ頃、屋根の上をあるく猫の足音でも一通りやない、ひどく聞こえる、ミシミシミシと。
もっとも猫でも今頃になると腹が空くとみえてメシメシメシと飯を呼んで歩くのでしょ。尾が二股三毛の猫は、えてして化けるなんて昔からよういいますが、ひょうしの悪い、古くからここに住む飼い主のわからん三毛猫で、しかも尾が二つに割れてる奴、この時、屋根上を歩いていたが、なんじゃパンパンと音がするので、天窓から首つりの肩越しにじっとのぞきよると、この有様に猫めハハン今夜の番人は大分こわがりじゃなアとまさか口へは出しませんが思うたに違いない、首つり目掛けて毒気を吹き込みよった。
「ニャン、ニャン、ニャーンゴ、オワーゴウーオウガーオーフー」
「フアーどなたや呼んでだすぜ……。お直はんて居ててですか……甚兵衛はん」
「オガオーオガフフフ……」
と毒気を吹き込むと首つりがぼちぼち動き出した。
「番の……番の……」
「ヒャー、甚兵衛はん、首つりが物言うがなア、モシ甚兵衛はん、甚兵衛」
「今夜は賑やかでええなア」
「アハハハア……どうぞ黙ってとくなはれ」
「そんなら黙っているよって、伊勢音頭を唄うてくれ」
「伊勢音頭、そんなことやられへんがなア」
「唄わなそこへ行くぞ」
「唄います、唄います、唄いますよってじっとしてとくなはれ、難儀やなア♪アーアヨーオオイナアエ、お伊勢七度、ヨイヨイ熊野へ三度……」
「ハハよいよい」
「ハハハア、言わんとおいとくなはれ、♪愛宕山へはソレ月参り……」
「ヤトコセヨイヤナア……」
という拍子に体を振りよった。最前から切れよう切れようとしていた綱がプツと切れたからたまらん、前へどさんと落ちて来た。
八兵衛の奴、驚いたの候のと、ヒャーというなり、なに思うたかその死人を抱えるなり、こいつもそのままドスンと倒れた……翌朝……。
「お咲さん、お早う」
「お家主さん、お早う」
「昨晩はどうやった、別に変わったこともなかったか、気になっていたがよう見に来なんだのでなア」
「マア、何や知りまへんけど賑やかな人だんなア、甚兵衛はん、甚兵衛とやかましいこと、パンパンパンパンと音がしてましたで」
「そうじゃろ、実は寝んように床板を割り木でたたかしておいたんや、朝までたたいていたかいなア」
「イイエ、夜中に連れでも出来たのか女の名前、そうそうお直はんお直はんちゅうて、とても寝られまへなんだが、夜明け前からどうしたことか、えろう静かになりました」
「また寝てやがりやせんかなア……表から掛けておいたんでな……開けたが、真っ暗や、雨戸を一枚開けてんか」
「ヘイ……マア死人とならんで……」
「見てみい、呑気な奴やなア、死人を下ろして一緒に寝てけつかる、オイ八兵衛八兵衛、起きんかい、起きんかい」
「ヘーイ唄います、唄います♪今はなア枯木にソレ花咲かす……」
「ア、チャンと伊勢参りの夢を見てよる」
八兵衛さん。とんだ目にあったようですね。
まぁ、こんな生き方もまたいいのではないでしょうか。
スローライフが落語の世界では当たり前となっています。
そこに落語の魅力がありますね。