上方落語「吉野狐」

夜泣きうどんを商う老人。市中を流しての商売です。利は薄い商売で夫婦で細々と続けております。
よる年波で腰痛が痛く、天秤でのかつぎから車をつかっての商売をやっておりました。
ある晩のこと、橋を通りかかりますと、たもとに石を詰め込んだ若い男が欄干から飛び込もうとしております。
この辺は、「文七元結」とか「唐茄子屋政談」などでもでてくる状況です。
人の良いうどん屋さん、男を諌めまして自分の家に連れ来て一晩泊めてやります。
あくる日に、若い男の実家を訪ねていくと大きな商店でして、親は息子の放蕩に手を焼いているので、どうなろうと
知ったことではないということなのです。若旦那が郭遊びで家の金を持ち出すという話は落語には頻繁にでてきます。
芸者や幇間を連れて奈良あたりに出かけまして大金を使う。自分で稼いだ金ではないので借金となる。
その頃に、赤飯や油揚げなどのご馳走をもって野遊びに出かけたことがありまして、天候が悪くて寒さも酷く、
もっていたご馳走を食べずに置き捨ててきたことがありました。
ですが、こんなことをやっていたのでは、とうとう親の方は息子を勘当するということになるのです。
子供がいないうどん屋夫婦、ならば養子としてむかい入れたいと申し出でします。親のほうは同意してしまいます。
それからは、うどん屋家業を手伝っていくのですが、ある日のこと、家に若い女が訪ねて来ます。
聞けば、若旦那が郭で遊んでいたときの馴染みの芸妓で、若旦那のことを好きになっていたが、ぱったりと、郭に
こなくなってしまったので行方を捜していたというのです。うどん屋の養子になっているということを知って、嫁にして
もらいたくて尋ねてきたというのです。
うどん屋の夫婦からすれば、息子に美人の嫁が来たんですから大歓迎です。あまけに嫁さんは持参金をもって
きたのです。
突如、息子夫婦が出来たのですから、世間に黙っているわけにもいきません。長屋の人たちや大家にも事情を
説明すると、この大家も世話好きな人でして、いつまでも夜商人をしていても仕方が無い、持参金があるのなら
一軒の店を構えて商売をすることを進めます。
老夫婦がうどんを作って、息子が出前など、嫁さんは店に出て客扱いをする。美人ですから客も喜んで通ってくる。
店は大繁盛となります。
そんなある日のこと、出前に出かける途中で郭の姐さんと出会います。うどん屋の養子になったこと。吉野という女と
夫婦になっていることなどを話します。
すると奇怪なことに、吉野はまだ店に勤めているというのです。そんなことはない、うどん屋で忙しく働いていると
言うのですが、ならば現に今、芝居小屋で旦那衆と吉野が一緒にいるから見て確かめればいいという。
なんと本当に芝居小屋にいるではありませんか。
息子は慌てて店に戻り事情をただすのです。
「私は、あの寒さの折に赤飯や油揚げなどを恵んでいただいた親子の狐なのです。」
恩を返しにやってきたのだというわけです。
伝説には狐が女に化けて嫁入りをしたというのがあります。この話は色々な形になって残っています。
落語「王子の狐」は違いまして、人間が狐を騙してしまうというものですが、落語「天神山」には、この伝説が出て
きます。
“恋しくば尋ねきてみよ南なる信田の森の恨み葛の葉”