上方落語「酒の粕」

酒飲みの噺です。落語でも酒にまつわる噺は多いです。「試し酒」「禁酒番屋」「居酒屋」「寄り合い酒」「もう半分」
「一人酒盛」「猫の災難」「親子酒」「うんつく酒」「三年酒」「市助酒」などでしょう。
落語家さんで酒の噺というと、やはり六代目 笑福亭松鶴師匠でしょう。ご本人が大の酒好きですからね、酒飲みが
酒飲みの噺をするという。しかし本来は酒を飲まない師匠の方が酒の噺はいいのだということを聞きますが、
どうでしょうかねぇ。東京では五代目 古今亭志ん生師匠でしょうね。酒にまつわるエピソードには事欠かない
でしょう。息子さんの十代目 金原亭馬生師匠や五代目 古今亭志ん朝師匠もそのDNAを受け継いでましてね、
酒豪でした。十代目 金原亭馬生師匠なんぞはご飯を食べないで日本酒を朝からやっていたなんてことで。
「試し酒」は酒豪でも極めていまして、五升の酒をのめるかどうかの賭けに見事飲みきってしまうのですが、事前に
五升飲んで試してからもう五升飲んだというのですから凄いものです。
「禁酒番屋」、上方では「禁酒関所」ですが、酒豪の侍に何とかして酒を届けようと工夫をこらして番所を抜けようとする
様子が描かれています。
反対に下戸、酒には弱い人ですね。乾杯のビール一杯で顔が真っ赤になる人や、酒一滴でフワーとなる人。
奈良漬食べて酔っ払う人。酒屋の前を通って酒の匂いをかいだだけで真っ赤になる人。
なかには酒の話を聞いただけで酔ったという人までいるようなね。
さて、「酒の粕」ですが、これは小話でして枕で話すような短いものです。
「ろくろ首」という噺の頭でよく使われます。
江戸ですと与太郎さん。上方では喜ぃ公という人物。同じ人物設定です。
二十四、五歳にもなる。
「喜ぃ公。赤い顔してるけどどないしたんや。」
「酒の粕くうたんや。美味しいもんやなぁ。二つも焼いてくうたんや。」
「なさけない奴やなぁ。いい年して酒の粕くうて赤い顔してるんか。酒飲んだといわんかい。」
「そうかい。酒の粕より酒飲んだほうが男らしいちゅうもんかい?」
「そうやがな。威勢がいいやろそのほうが。酒飲んだと、こないいい。」
「あっそうか。おおきになぁ。」
「芳っさん。」
「なんじゃい。」
「顔赤いやろ。」
「ほんにポッとしるなぁ。どないしてん?」
「酒飲んだんや。」
「ほぉ。お前も酒飲めるようになったんかい。ほなら今度誘ったるわなぁ。で、どれくらい飲んだんや?」
「こんなおおきなん二枚やがな。」
「なに。酒の粕くうたんやろ。」
「解るか?」
「解るがな。二枚てなこといやーなぁ。ええか、武蔵野で二杯やったとな、こういうたらええがな。」
「武蔵野ってなんや?」
「大杯、大盃のことや。東京の武蔵野ちゅうとこはな広い原っぱだ。“野を見渡せない”、“野を見切れない”てんでな
“野見切れない”から“飲みきれない”ってことでなぁ、武蔵野ってことになったんだ。」
「そうかいなぁ。」
「二枚じゃあかんでぇ。武蔵野で二杯飲んだっていうんやでぇ。」
「ああそうかなぁ。おせてもろて段々かしこなるなぁ。」
「辰つぁん。顔赤いやろ。」
「ほんに赤いなぁ。走ってきたんかい?」
「走ってきたんとちゃうねん。わい、酒飲んだんや。」
「へぇ。酒のめるようになったんかい?で、どのくらい飲んだんだい?」
「武蔵野に二杯飲んだんだ。」
「へぇ。武蔵野で二杯かい?そいつぁすげぇなぁ。で、冷で飲んだんじゃねぇだろな。冷は毒だよ。燗したのかい?」
「はぁ。焼いて飲んだんだぁ。」
最後まで酒の粕からはなれないようですな。