桂 吉朝 師匠編

米朝師匠門下の有望な若手でして吉朝師匠の登場で御座います。
若手とはいえ実力派でして、米朝師匠の芸風を受け継いでいるような面が
あります。「質屋蔵」などを聴いているとまさに、そんな印象を受けます。
「猫の忠信」などもそうでしょうな。
米朝師匠門下は良い人材が育っております。「百年目」という噺の中に「
ダンナンのそもそも」という一説がありますが、その「木と下草の関係」
こそが米朝師匠と弟子達の関係なのでしょうね。
上方落語も益々隆盛を誇る時代の到来を予感させます。
江戸の寄席は落語中心ですが、上方の寄席は落語は脇役です。上方はやはり
漫才が主流ですから。そんな背景の違いがあって、江戸の落語家が上方に
行っても余り成功しないという……。
上方の落語かが江戸ではどうかというと、寄席で頑張っておられるのは、
鶴光師匠だけとなってしまいました。落語の世界では東西交流はなかなか
難しいということでしょうか。
でも、噺そのものは上方から江戸に伝えられているものが多いのです。
ですから昔は東西交流は盛んだったのでしょうね。
|
桂 吉朝 |
崇徳院 |
|
桂 吉朝 |
猫の忠信 |
|
桂 吉朝 |
住吉駕篭 |
|
桂 吉朝 |
立ち切れ線香 |
|
桂 吉朝 |
抜け雀 |
|
桂 吉朝 |
三十石 |
|
桂 吉朝 |
質屋蔵 |
「抜け雀」という………………・・噺
落語の中には左 甚五郎という飛騨の名工がよくでてきますが、この噺は
名人の日本画家がでてきます。名前のある人なのでしょうが。わかりません。
とある寂れた旅篭に汚い風体の男がやってきた。この旅篭は余り客が来ない
のだが主人は人の良い人物でして、気軽に泊めてしまう。
この男は朝一升、昼一升、夜一升の酒を飲んでは、ゴロリと寝てしまう。
毎日がこれ。よほど酒好きと思える。宿泊費も払わないから、宿の女将さんは
黙っちゃいない。勘定の催促となるが、この男、はなから金などもっていない。
代金の替りに絵を描いて置いていこうということに。
主人に極上の墨をすらせ障子に絵を描いた。雀の絵である。一見何の変哲もな
い絵なのだ。女将さんは怒り出すが、気のいい主人はあきらめて受け取った。
ところがこの雀、早朝に絵から抜け出て暫く飛び回った後、また絵に戻って
くるのを、偶然主人が見つけたのだ。
さあこの噂はあっというまに広まり、今まで客が来なかった旅篭が、この
雀を見ようとして連日大入り満員。なにしろトイレにまで泊まっている始末。
中には絵を大金で買おうという大名がでてくるが、絵を描いた男と売らない
約束をしているので売らないでいた。(このへんも、主人の正直さがでている)
そんなある日、品の良い老人がこの旅篭を訪れた。評判を聞いてのことである。
この老人は例の雀の絵を見せてくれという。しかたなしに見せると、老人は
「この雀はもうすぐ死んでしまう。」と言った。驚いた宿の主人は、
「なんとかなりませんか。」と助けをこう。老人は墨をするように申し付ける
また、絵を描くという。と、止める間もなく老人は例の障子の雀の絵に
向かって「籠」の絵を描きいれた。驚いたのは主人。只でさえ大金で買い手
があろうという絵に籠を描きいれたのである。その日から絵の雀は抜けでれ
なくなってしまった。籠の中に入れられたのだから無理もない。
旅篭の人気もそれまでとなり、もとの日々になった頃、あの男が身なりも
良くなって侍姿で旅篭にやってきた。
「貴方様はあの時のお方でありましたか。」「おうそうじゃ、絵は売らずに
いたのか。」「はい。」「そうか、律義じゃのう。見せてくれぬか」
「では、どうぞ」………・・
「この、籠を描きいれたのは、どのようなお方じゃったかな」
「はい、ご老人ですが、品の良さそうなお方で御座いました。」
「そうか。そのお方は私の父上です。」
「そうで御座いましたか。」
「親不孝なことを致した。」
「なぜでございますか?」
「それみよ、親を駕篭かきにした。」
当時の街道の交通手段である駕篭を担ぐ人を「駕篭かき」というが、品性が
悪いとされていた。父親をその「駕篭かき」にしてしまったというオチ。