三代目 三遊亭 金馬 師匠編

ご存知三代目 三遊亭金馬師匠の登場です。さぞかしファンの方は多い事でしょう。下記のように実に多くの噺をもっておりますね。この他にもまだまだあるの
でしょうね。落語ファンへの入門をする時には最適の師匠といえるでしょう。
とにかく「解り易い噺家さん」とも言うべきでしょう。代表作の「居酒屋」など
は何回聴いても飽きないですね。小僧さんを肴に酒を飲む男。そのやり取りが
目に浮かぶようですね。こんな居酒屋は日本のどこかに残っているのでしょうか。
小僧さん自体が居なくなりましたから、もう無いのでしょう。
でも、カウンターの中と、こちらに分かれても飲み助とマスターやバーテンとの
やり取りは無くなっておりません。古びたカウンターバーに入って馴染みの
バーテンさんとの会話のやり取りは、まさに贅沢な時間ですよね。
「語って語らぬ時間」とでも申すべきでしょうか。
さて金馬師匠、大変な努力家・勉強家でして、修行時代は寄席に早々と行きまして、客が入る前の高座に上がって噺の鍛練をしていたという逸話があります。
勉強家でもありまして、残されている記録には、「余一会」などでの、随談の
内容にはいいものがあります。
釣り好きの師匠でもありまして、随談には釣りの話などもあるようです。
釣りの帰りに鉄橋を渡っておりましてね、汽車に轢かれそうになって足を悪く
されまして、以後の高座では「板付き」といいまして、出囃子で出てくるのでは
なく、幕を上げると金馬師匠が高座にいるという出でした。
NHKに残っている記録にも椅子に座って話をしている姿があります。
金馬師匠は、いわゆる協会に属さなかった噺家でもあります。今は落語協会と
落語芸術協会の二つがあります。金馬師匠は東宝に属されおりまして、寄席には
出演できなかったのです。「東宝名人会」というのがあって、これに出演されて
おりました。活動の場を広げたいという意味があったのでしょうか、落語を
吹き込んだレコードをだしておりまして、当時としてははしりの方でしょう。
SP盤というやつで、5,6分間の録音時間でした。ですから長い話はできません。でもこれが一般の人々にうけました。ですから金馬師匠とはレコードで
出合った方々もさぞかし多かったと推量されます。
協会に戻る事はできたということですが、頑なに東宝専属を続けたという師匠。
師匠なりのこだわりがあったということでしょう。
とにもかくにも、落語を世間にひろめた功績は大きかったと思います。
金馬全集なども発売されておりますので、機会がありましたら入手されると
よろしいかと思います。
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三代目 三遊亭金馬 |
寄合酒 |
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三代目 三遊亭金馬 |
長屋の花見 |
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三代目 三遊亭金馬 |
浮世床 |
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三代目 三遊亭金馬 |
片棒 |
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三代目 三遊亭金馬 |
たらちね |
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三代目 三遊亭金馬 |
浮世根問い |
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三代目 三遊亭金馬 |
たがや |
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三代目 三遊亭金馬 |
お化け長屋 |
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三代目 三遊亭金馬 |
茶の湯 |
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三代目 三遊亭金馬 |
三人旅 |
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三代目 三遊亭金馬 |
真田小僧 |
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三代目 三遊亭金馬 |
高田馬場 |
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三代目 三遊亭金馬 |
孝行糖 |
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三代目 三遊亭金馬 |
狂歌家主 |
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三代目 三遊亭金馬 |
居酒屋 |
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三代目 三遊亭金馬 |
花見の仇討ち |
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三代目 三遊亭金馬 |
池田大介 |
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三代目 三遊亭金馬 |
湯屋番 |
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三代目 三遊亭金馬 |
雑俳 |
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三代目 三遊亭金馬 |
紺屋違い |
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三代目 三遊亭金馬 |
付き馬 |
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三代目 三遊亭金馬 |
一目上り |
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三代目 三遊亭金馬 |
節分 |
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三代目 三遊亭金馬 |
寝床 |
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三代目 三遊亭金馬 |
金明竹 |
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三代目 三遊亭金馬 |
蔵前駕篭 |
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三代目 三遊亭馬 |
釣り堀にて |
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三代目 三遊亭金馬 |
二十四考 |
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三代目 三遊亭金馬 |
道灌 |
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三代目 三遊亭金馬 |
くしゃみ講釈 |
「片棒」…………………・という噺
大店の旦那、そろそろ身代を息子達に譲ろうと考えている。三人の息子がいるが
それぞれ皆、性格がことなる。誰に身代を譲るのがいいのか、考えあぐねていた。
いつの時代も後継者選びは難しい。下手をすると身代を潰しかねない。
二代目が身代を潰したなどという話はよくあるもので。
大旦那は一計を案じた。テストをしようというのだ。
課題はこうだ。「自分の葬式をどのように執り行うのか。」
まずは長男の出番です。この長男、長男らしいというか、やはり商売上、世間体
を大事にするようでして、この点は後継者としては良いのかもしれません。
が、ちと度が過ぎるようでして、父親の葬式には大勢の人達に参列をしてもらい、
車代やら、ご馳走やら、お土産やらで豪勢なものに仕立てて。数千両の予算を
組むという。大旦那は、これでは身代がもたないかもしれないと、長男は選考からはずされた。
続いて次男。次男というのは甘やかされて育つ事が多い。長男のように責任感は
ないし、まずは後継者からはずされるのが一般的だから、気ままに育つ。
この次男もそうで、いたって遊び好きときてる。花街での遊びに長けていて、
親父の葬式は長男と別の意味で派手にやりたいという。葬式の行列には芸子さんの踊りや火消しの木遣り、山車などもあて、まるで祭り仕立てでいくという。
まるで茶化しているかのような次男の返答に、大旦那はNGの判定をする。
さてその次に控えしは三男。末っ子である。とかく末っ子は堅い性格となる。
小さな頃から二人の兄貴にいじめられているから、防衛本能が強くなる。
考え方も地道。親父の葬式は、長男と正反対に、なるべくお金をかけないで
済まそうとする。棺桶を担ぐのも自分でやるから人手をかけたくないという。
でも、担ぐには二人いるので、もう一人をどうするかが問題だという。そこで
「心配はいらない。片棒はわしが担ぐ」でなオチ。
この三男。考え様によっては冷酷な性格なのかもしれない。でも、身代を守って
いくには最適なのかも。大店の経営からすると、長男の方がいいのかもしれない。
なんとも、現代にも通じる古典落語なのです。
「茶の湯」…………………・という噺
「根岸の里のわび住まい」 隠居して根岸に一軒借りて、風流三昧をと思った
のだが、この隠居さん、若い頃から仕事一筋で財を成したというほどで、余り
風流なことはやっていない。身の回りの世話をする小僧さん(例によって定吉
くん)と相談をして「茶の湯」を始める事にする。先人んがやっていたのか、
茶室があったので道具は揃っていた。しかし、茶の湯のやり方を二人とも知らない。隠居さん、小僧さんの前で知ったかぶりをしていた。茶の湯に何を使うかを
しらないのだが、小僧さんにそれとなく聞き出すと、「青きな粉」を使うという
ことに。抹茶とは似ても似つかないものだが、ドロッとした感じはある。しかい
茶せんでかき回しても泡立たない。小僧さんは一計を案じて「椋の皮」を買って
きた。「椋の皮」は昔、石鹸のような使い方をしたもので、泡はでる。
これを入れて掻き回したからたまらない。ブクブクと泡が出る。これを飲んだのだから、たまらない。飲めたものじゃないのだから。何杯もやっているうちに
とうとうお腹をこわして下痢続き、げっそりとなってしまう。
隠居さんと小僧さん。これじゃ体がもたないと、長屋の連中を呼んで茶会なんぞ
を催すことにした。困ったのは長屋の連中。一同も茶の湯のやり方など知らない。
長屋にいる手習いの先生なら知っているだろうと相談する。この先生も知らない。
が、虚勢をはった。長屋の連中、この先生の真似をすればなんとかなると、
隠居さんの茶会にやってきた。出されたものは例の代物。飲むふりをしてそっと
捨ててしまうが、お菓子は本物。これは美味い。お茶はやらずにお菓子ばかり
食べている。中には懐に入れてもって帰る始末。隠居さん月末の菓子代をみて
びっくり。もともと始末屋の人だから何とかしようと、お菓子を買わずに、
芋を練って油で照りをだした。見た目はいいのだが、酷くまずいお菓子をだす。
茶器に呼ばれた連中か、お茶もお菓子も駄目なもんで、厠にいくふりをして
窓からお菓子を投げ捨て始めた。
そんな日々が続いたある日。客が厠の窓から投げ捨てたお菓子が、向かいの田圃
で働いていたお百姓さんの頭にぶつかった。
「あれま、今日も茶会やってるのか。」てなオチ。