三代目 三遊亭小円朝 師匠編

“間に合わなかった”師匠の一人です。現代の一流どころの噺家さん達が修行時代に
あしげく通った師匠でして、噺の方は、“名人”だったと聞いております。今、御存命で
あれば、席亭もあしげく寄席に通ったとおもいます。
今では、放送を通じて聞いたり観たりするしかありません。
伺ってみますと、“声色”というか“トーン”がいい師匠ですね。円生師匠のような高めの
トーンではないのですが、かといってどすの利いた声でもありません。中音域というよう
なところで、心地よいのですね。口調も、けして誇張表現などもなく、穏やかな調子でし
てね、いつしか落語の世界に引き込まれていってしまいます。
しかし所詮、“音”でしかないのですよ。だから限りなくイメージを広げていくしかない。
でも長い間、落語に付き合っていると、訓練ができてくるのか、まるで目の前の高座で
話しているようなイメージが湧いてくるのですよ。“生きている小平次”ではなく、
“生きている小円朝”となるのでしょうか。
このような経験が席亭書き下ろしの「落語奇談シリーズ」に繋がっていくようですね。
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三代目 三遊亭小円朝 |
かつぎ屋 |
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三代目 三遊亭小円朝 |
粗忽の使者 |
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三代目 三遊亭小円朝 |
釜どろ |
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三代目 三遊亭小円朝 |
未練の夫婦 |
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三代目 三遊亭小円朝 |
辻駕篭 |
「かつぎ屋」……………………という噺
呉服屋の主人である「五平さん」は大変な“げんかつぎ”でして、「ごへいかつぎ」などと
いう言葉は、ここからきたとかということでして?
年改まって、元旦。「一年の計は元旦にあり」ということで、げんの悪い言葉には過敏に
なっている。
ここの番頭さんはできた人でね、朝食べた餅の中から釘がでたといっては
「釘は金だから“ここの身代は金持ちになる”」なんて主人のご機嫌をとる。
今でこそ余り見られなくなりましたが、お正月には“獅子舞”や“万歳”などで家々を
まわり、いくばくかのお金をもらうという人達がおりました。
江戸では“宝船売り”などというものがあって、札に宝船を書いたものを売り歩いていた。
一枚が四文でしてね、主人は通りがかった“宝船売り”に声をかけて一枚の値段を聞く。
「はい。しもんでして。」
これがいけない。「し」という言葉を忌み言葉として嫌っていたからだ。
気を悪くしている主人を見かねてか、番頭が先に手をまわして、主人の気性を話し、
万事心得た“宝船売り”を家に呼び込んだ。
一枚の値段を聞く主人に対し、
「よもん」と答える。
「十枚では?」
「よじゅうもん」
「百枚では?」
「よひゃくもん」と答えた。
これにすっかり気をよくした主人は“宝船売り”にご馳走やお酒などをふるまう。
この“宝船売り”も気の利く人でね。次々とげんのいいことを言っては御祝儀などを
貰っている。暖簾の陰から出てきた娘さんには「弁天様」と言ったり、主人のことは
「まるで大黒様。」などと言って御祝儀を稼ぐということでね。ついには
「この家には七福神がおります。」なんて言い出した。
勿論、主人は大喜びだが、
「まてよ、大黒と弁天で二福じゃないか?」と言うと
「商売が呉服(五福)屋で、しめて七福。」
忌み言葉を嫌うという落語では上方の「けんげしゃ茶屋」などがありますね。
“げん”とは何なのでしょうか。ある種のエネルギーでしょうか?それとも経験則ですか。
人間に作用する何らかのパワーなのでしょうね。
好循環を作り出す出発点とも言えましょうか。
この噺の後半は「七福神」というネタで高座にかけられることもあります。
お正月の寄席では必ずかけられる演目です。