「七代目 春風亭小柳枝師匠」編

余りにも若くして亡くなられてしまわれた師匠です。惜しい。実に惜しいですね。今ご活躍なれば、相当の芸を 聴くことができたと思います。席亭はよく「間に合わなかった噺家」という言い方をします。 高座では物理的にお目にかかれなかった噺家さんのことを言っています。 席亭が生まれる前や物心つく前に亡くなられてしまった噺家さん。お姿をこの目で見る事ができなかった 噺家さんです。その意味で「間に合いたかった」噺家さんの一人で御座います。 小柳枝師匠は千葉県は野田の生まれです。六代目 柳橋門下でして、有名な粗忽者だったそうです。 落語家さんらしいといえばいいのでしょうか。粗忽による失敗談などはたくさんあった師匠なのでしょうね。 「子別れ」の序である「強飯の女郎買い」や「野ざらし」などに良い出来のものがあったそうです。 「野ざらし」といえば三代目 春風亭柳好師匠のもと言われますが。 当代 立川談志師匠のものでしょう。 「歌い調子」の師匠といえば小柳枝師匠も柳好師匠も同様の評価を得ていると思います。 現代の噺家さんには「歌い調子」の方が少なくなっているようです。残念なことですよね。 小柳枝師匠の演目の中に「浮世風呂」があります。これは円生師匠のもので有名ですが、 江戸の頃の風呂事情は現代でいう内風呂ではなく銭湯でした。最初の頃は男女混浴だったらしいのですが、 それなりに問題もあったのでしょう。男女別々になりましてね、男湯は湯船の中が陽気でして洗い場は 静かだった。反対に女湯は湯船は静かで洗い場は賑やかだったということです。 面白い現象でしょう。男と女でコミュニケーションの場が違っているということなのです。 それもね、湯船に入るときでも裸ではなくて、男は褌を着けているし、女は腰巻でしょ。 今とは違っていますよ。 現代の銭湯でもしも、」パンツをはいたまま銭湯に入ってきたら顰蹙を買うでしょうね。きっと。 混浴の温泉などでは水着でしょうけど。 すこし話がそれてしまいましたが、小柳枝師匠が存命中に高座で聴きたかったものです。 間に合わないというのは実に情けないものですね。 落語はテープで聴くことができても顔を知らないのですから。 どこかの本をみれば載っているのかもしれないけどね。 近未来にホロスコープ技術が完成して等身大の人物を3Dで本物とそっくりの動きができる映像技術で 高座に今はなき名人たちを登場させることができるようになると思います。 婆茶流亭で寄席をやれるようになります。 高座には八代目 桂 文楽や五代目 古今亭志ん生、六代目 三遊亭円生。他にも可楽、柳枝師匠たちも そして小柳枝師匠も登場となる。楽しいでしょうね。これはもう。夢ではない世界がもうすぐやってくるのです。 それまでは長生きしなくてはと思います。