柳家小さん師匠逝く

 

人間国宝「柳家小さん師匠が、とうとう逝ってしまいました。87歳。心不全だったそうです。

16日朝、長女の方が気づかれたとか。

文楽、志ん生、円生、正蔵と時代を築いた噺家が亡くなり、最後の名人“小さん師匠”も逝ってしまいました。

後継者として目論んでいたであろう志ん朝師匠も先立っており、誰が次代を担っていくのでしょうか。

日刊スポーツ紙に談志師匠についてこう語っておりました。

内容を見ると、やはり談志師匠のことを認めていたということですね。

談志「旅に出た」

 ――師匠は72年(昭和47年)から4半世紀もの間、落語協会の会長を務めましたが、波乱万丈でしたね

 「あたしが会長ンなったら全部変えてやろうって思ってね。まず、それまで会長の家を事務所にしていたのを、別に事務所を構えたン。初めは借家だったので、あたしがポケットマネー出して……。事務員も噺家あがりの年寄りばかりだったのを、大学出のきちんとした事務員を雇った」

 ――周囲の抵抗はなかったんですか

 「お偉方(三遊亭円生ら?)は『事務所なんて自宅でいいン。無駄なお金使わなくったって』って。でもあたしの師匠の4代目小さんも、会則をこしらえたりする進んだ考えの持ち主だったから、近代化は師匠譲りだな」

 ――そして大量真打ち昇進をめぐって円生一門の脱退という大事件に

 「寄席の数と噺家の数が合わなくなってきた。以前の真打ちというものの定義を変えて、一応みんなスタートラインに立たせてやろうというのが、円生さんに分かってもらえなかった。出てくってえから、しょうがねえなあって気持ちだったな」

 ――真打ち昇進試験では(立川)談志が飛び出してしまいました

 「自分の弟子が落ちた時『おれは弟子にそういう教育はしていない。こういう所にはいられない』って言うんで、旅に出したってとこかな。あいつはお山の大将でいる方がいいんじゃねえかな」

談志師匠も五代目 柳家小さんを師と仰いでいるのですよきっと。

志ん朝師匠を失い、五代目 柳家小さんを失った今、談志師匠はどのように思っているのでしょうか。

小さん師匠の演目で心に残っているのは、たくさんあります。

とてもとても全部はあげきれませんが。

思いつく限りの演目を書いてみました。

まあ、古典落語は全部レパートリーにあったと言っても過言ではないでしょうけど。

柳家派の伝統はきっちり守っていた師匠でもあります。

息子さんに三語楼師匠、孫に花緑師匠をもってね、安心して冥土に旅立たれた思います。

それにしても、あの世では大変なことになっているでしょうね。昭和の名人たちは勿論のこと。大円朝師匠。

可楽師匠、円蔵師匠、名人四代目 柳家小さん師匠などなど・・・・・・

さぞや今頃は志ん朝師匠を前に置いてね。なぜ早く逝ってしまったのだと小言を言っていることでしょう。

閻魔大王などはお得意の睨み返しで退散してくれるといいのですがね。

      

五代目 柳家小さん

試し酒

五代目 柳家小さん

禁酒番屋

五代目 柳家小さん

ちりとてちん 

五代目 柳家小さん

長者番付

五代目 柳家小さん

粗忽の使者

五代目 柳家小さん

首提灯

五代目 柳家小さん

花見の仇討ち

五代目 柳家小さん

強情灸

五代目 柳家小さん

竹の水仙

五代目 柳家小さん

饅頭こわい 

五代目 柳家小さん

猫の災難

五代目 柳家小さん

蒟蒻問答

五代目 柳家小さん

うどん屋

五代目 柳家小さん

大山参り

五代目 柳家小さん

珍演”百面相”

五代目 柳家小さん

笠碁

五代目 柳家小さん

宿屋の富

五代目 柳家小さん

親子酒

五代目 柳家小さん

穴泥

五代目 柳家小さん

芋俵

五代目 柳家小さん

王子の狐

五代目 柳家小さん

睨み返し

五代目 柳家小さん

狸の札

五代目 柳家小さん

夏泥

五代目 柳家小さん

御慶

 

中で何がベストかと聞かれれば、人それぞれでしょうけど

 

 「睨み返し」

 「試し酒」

 「粗忽の使者

でしょうか。「御慶」なども好きですねぇ。

「たぬき」という演目があります。

ご存知の「狸」ですよ。ご自分も「狸」はお好きだったようですね。

「他抜き」ですから。人を追い越すという意味でね。

 

長い間、お疲れ様でした。

ご冥福をお祈りしております。

残されし、若手をあの世から見守ってあげて下さい。

そして時には枕もとにたって叱咤激励をして下さい。

さようなら。

有難うございました。

−哀悼−



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