柳家 小せん 師匠編

 


「ケチ」で有名な師匠だという。「しわいや」という表現もある。「六日知らず」とも言う。

日にちを数える時に指を折りますが、六日目には指を開かなければならない。握った

ものは離さないというのが、「ケチ道の極意」とか。落語の中には「ケチ」な人物も

多くでてくる。大店の主人は総じて「ケチ」である。「赤西屋ケチ兵衛」なる人物もいる。

「ケチ」というのは恥じる事ではない。生き方の問題だからだ。

落語の中に出てくる「ケチ」の事例をいくつかあげてみよう。

  

l        御飯を食べる時は、梅干しを置いておいて酸っぱいという唾液がおかずとなる。

l        扇子を使って扇がない。顔の前において、顔の方をふるから扇子はいたまない。

l        隣の鰻屋から流れる蒲焼きの匂いを、おかずに御飯を食べる。

l        醤油を挟んで、おかずにして御飯を食べる。

l        天井から石を吊っておいてその下に座る。冷や汗がでるから夏は涼しい

 

などなど。生き方として考えると、なるほどのところもありますね。

 

小せん師匠は落語界の中でも古い方ですね。四代目 春風亭柳好師匠や当代文治

師匠、金馬師匠などと同じ時代のデビューでしょうか。その当時に、TV番組で

「お笑いタッグマッチ」というのがありまして、柳昇師匠が司会でして、伸治(現在の

文治師匠)、小円馬師匠、小せん師匠、柳好師匠、などの新真打が登場しており

ましたね。

小せん師匠は、とぼけた味がよくて、この頃はこういう芸風に惹かれております。

 

 

 

柳家小せん

きゃいのう

柳家小せん

風呂敷

柳家小せん

お血脈

柳家小せん

湯屋番

 

「お血脈:…………………・・という噺

 

信州長野の善光寺には、入場料を払って階段を降りまして中は真の闇でして壁沿いに

進むと、触れば極楽浄土にいけるという物があります。「お血脈の印」というのも、

これをおしいただくと極楽浄土にいけるというものです。

ですから世の中の人々は皆、おしいただきまして、極楽に行ってしまうというわけで、

地獄が暇になってしまう。困ったのは閻魔様でして、こう地獄が暇になっては鬼共が

だらけてしまう。なんとかして「お血脈の印」を盗んでしまおうと考えた。地獄にいる人材

の中で、最強の盗人は誰かと思案をしたあげく、「石川五右衛門」が人選された。

お声がかかって現われでたるが、歌舞伎でよくみる南禅寺の山門の場の姿。

実にデフォルメされていて、ど派手な格好のまま。

「浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ」などと大言壮語した人物。

閻魔大王の命を受けて善光寺へとやって来る。

「お血脈の印」などを見つけるのは五右衛門にとっては、たやすいこと。直ぐに見つけ

だして、気が緩んだか、れいの歌舞伎口調で…・・

「ありがたや!かっちけなや。」と、おしいただいたものだから、

地獄に戻れずに、極楽に行ってしまった。

 

実は、この後に後日談があるのですが、それは「落語ネタの不思議なお話」でご披露ということに

いたしましょう。


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