柳家 喬太郎 師匠編

新進気鋭の噺家です。あまり知らない人もおられると思います。
しかし最近はファンが増えてきています。独演会のチケットなどは取りにくい落語家の
一人になっていますね。古典も新作もこなしますが新作に才があります。
いわば・・・・・「狂気の落語家」というのがふさわしい。
下の一覧にもありますが、「午後の保健室」に代表されるように「イルージョン」な
落語家という面があります。新作の特徴は「逆転の発想」にあるかのように思えます。
登場させる人物の性格が逆転している。見方を反転させている。立川談志の与太郎像は
愚かしい者としては描いておりません。異端児的な面をもたせているかのように思います。
柳家喬太郎は古典においても独特のくすぐりをいれているようです。
喬太郎師匠に着目するのは落語以外の芝居や歌舞伎などをよく勉強されているのでは
ないかと思うからです。
柳朝師匠は口癖のように「噺家は芝居(しべえ)を見なくちゃいけねえ」と
言っていたようです。小朝師匠が登場した頃ほどのインパクトはないにしても
似ている部分はあります。なんとない色気の感じがありますね。
新作もいいのですが、やはり古典も新しさを盛り込んでやってほしいですね。
古典ができるというより、“新しい噺家”というものがあるのかと思います。
古典が似合うというのも変な話かと思いますが、芝居や歌舞伎などを勉強して
いない若手が多くなってきている現在、古典をやっても誰かのマネしかない。
師匠のやり方を踏襲することから始めるにしても、いづれは自分の色をださな
くてはならないのだから。
新作のほうはというと、これも大変で作者の市井感がでてしまう。
世の中をどう観るか、どうひねって(うがって)、物の本質を見抜き
それを落語という手法に昇華させるのか。先人のやってのけたものを
自分でやらなくてはいけない。円朝になれとはいえないけれど、米朝師匠には
近づいてもらいたい。ついでですが落語は上方にありかも。
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柳家喬太郎 |
純情日記 横浜編 |
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柳家喬太郎 |
午後の保健室 |
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柳家喬太郎 |
松竹梅 |
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柳家喬太郎 |
転失気 |
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柳家喬太郎 |
うどん屋 |
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柳家喬太郎 |
錦の袈裟 |
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柳家喬太郎 |
お菊の皿 |
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柳家喬太郎 |
寿司屋水滸伝 |
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柳家喬太郎 |
子ほめ |
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柳家喬太郎 |
擬宝珠 |
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柳家喬太郎 |
短編結石移動症 |
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柳家喬太郎 |
母恋いくらげ |
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柳家喬太郎 |
バイオレンスチワワ |
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柳家喬太郎 |
お札はがし |
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柳家喬太郎 |
諜報員メアリー |
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柳家喬太郎 |
歌う井戸の茶碗 |
「松竹梅」……………・という噺
前座噺です。大家の跡継ぎに嫁さんがくるということで、御祝儀をという
わけで、長屋の連中に松さん、竹さん、梅さん、というおめでたい連中がいた
そこで、三人を挨拶にいかそうということになった。そこで割りゼリフという
わけで松さん、竹さん、梅さんがこういうことになる。
松さん:「なったなったジャになった。当家の婿さんジャになった。」
竹さん:「なにジャになーられた」
梅さん:「長者になーられた」
というのが本寸法なんだけど、そこはうまくいかない噺の中。
さっそく大家のところにでかけた三人。固くなったかのか
松さん:「なったなったジャになった。当家の婿さんジャになった。」
竹さん:「なにジャになーられた」
まではよかったが
梅さん」「大蛇になーられた」とやってしまう。
あわてて言い直す三人。
松さん:「なったなったジャになった。当家の婿さんジャになった。」
竹さん:「なにジャになーられた」
梅さん」「亡者になーられた」と、またまたやってしまう。
あまり面白くない噺だけれど、三人の性格の違いをやり分けるのが、この噺の
難しいところ、「人物描写」をしっかりとやる能力が噺家に求められる。
前座・二つ目噺としては絶好の課題・訓練を与えてくれる噺ですね。