笑福亭 松之助 師匠編

ご存知“明石家さんま”さんの師匠である。目玉のギョロっとした
とぼけた味の芸風ですが、上方落語の重鎮として活躍されております。
米朝・文枝・松鶴・春団治に代表される上方落語にも枝雀・南光・染丸・吉朝
鶴光・松喬・文珍・仁鶴そして三枝師匠と逸材が輩出しており、松之助師匠も
上方落語を支えてきた一人なのです。
一時期は上方落語は消滅の危機にあったものを米朝・文枝・松鶴・春団治師匠
が再起させたといわれる。落語作家の“小佐田定雄氏”によれば、上方落語の
中興は米朝師匠の功績によるということである。
米朝師匠が掘り起こした噺が数多くあるそうです。
上方落語は今や隆盛になっているように思います。
ただ不思議なのは江戸落語の廓噺にあたるものが上方落語に少ないことです。
吉原に相当する場所がないわけではないのですが、噺の演目には…
席亭が知らないだけなのでしょうか。
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笑福亭松之助 |
土橋物語 |
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笑福亭松之助 |
始末の極意 |
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笑福亭松之助 |
尻餅 |
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笑福亭松之助 |
野崎参り |
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笑福亭松之助 |
らくだ |
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笑福亭松之助 |
苫ケ島 |
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笑福亭松之助 |
上澗屋 |
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笑福亭松之助 |
煙草の火 |
「尻餅」………………・という噺
なんとも落語らしい噺ですが、庶民の暮らし向きを思うと、こんなことも
あったのかなと思わせる。落語には年末の様子を題材にした噺が多いが、
これもその一つである。
今では自宅でお正月用の餅をつく家も余り見かけなくなった。
賃餅といって餅屋さんについてもらうのもあるが、これも少なくなったのでは
ないだろうか。ほとんどが、スーパーやコンビニでできあいの餅を買うので
しょう。電気餅つき機などもあるのですから季節感は失われました。
席亭は祖父の家が農家であった関係で、子供の頃は石うすで餅をついた経験が
ある。できたてのお餅を大根おろしで食べるのが、とても美味しかった
さて、長屋のある夫婦、正月用のお餅の用意をしたいが、例によって金が
無い。隣近所では餅つき職人がきて、ペッタンペッタンと派手に音がしている
身の置き所のないこの夫婦。旦那が妙案を考え付いた。
ペッタンペッタンという音をさせて餅をついているような演出をしようという
のだ。ではペッタンペッタンという音は何でだすのだろうか。
これが「尻」…それも女房の尻というわけ。ですから「尻餅」ということに
なる。裾をからあげて旦那が手でペッタンペッタンと叩く。
そんな光景を思うと微笑ましくもなります。
「始末の極意」………………・という噺
「始末」とは節約のことです。上方は商売の街。「もかりまっか。」
「あきまへんは」が挨拶の言葉になるくらいですから。始末については実感
があるのであろう。この噺には始末家のエピソードが語られている。
紹介をしてみましょう。
釘を打とうと金槌を隣に借りに行った。隣も始末で貸さない。
「えい、家のを使え!」
御飯を食べるのは仕方が無いが、おかずがもったいないので、
通り向こうから匂ってくる蒲焼きの匂いで食事をする。
月末には鰻屋から請求書がきた。そこで、財布をだしてチャラチャラと
お金の音だけを聞かせて払った。
始末屋でも晩酌はする。その飲み方はというと…・・
徳利に割り箸をさしこんで、箸についた酒を一回だけ飲む。
ある時、息子が2回飲んだら「大酒飲み」と叱られた。
御飯のおかずが梅干し1個、それも一日1個。最後は種まで食べる。
しかし上には上がいて梅干しを見るとスッパイ唾がでるので、それを
おかずに御飯を食べる。
鰹節を一本買おうとするが理由をつけて借りてくる。
だしをさんざんとったあと、水分をとって元のようにして店に返す。
もちろん、「すんまへん。女房がもう買ってきてしまっていたんでな」
などと言い訳をする。
「はさめず」という食べ方。醤油に箸を入れて、箸についた醤油で
御飯を食べる。
少し手の込んだやり方。お百姓が朝早く、菜っ葉を売りにくる。
全部買うと言って土間の御座にあけさせる。そこで値段の交渉をするが
二束三文の値付けをしてお百姓を怒らせる。御座の上の菜っ葉を
引き上げるが、どうしても御座に葉っぱがこびりつく。
荷車を引いて帰る時も菜っ葉が落ちる。
これを汁の具として頂こうというわけ。
このような苦労をして(?)というか、図々しくもエゲツない努力をして
財産を残すわけである。
では、「始末の極意」とは何なのでしょうか?
噺はこういう展開をする。
始末の極意を聴きに来た男に対して、こう伝授するのである。
「まずは、庭の柿の木に登りなはれ」
「「そしたら枝をつたって先のほうに行きなはれ」
「両手でぶらさがりなはれ」
「そしたら小指を離しなはれ」
「その次に薬指を離しなはれ」
「そしたら中指を離しなはれ」
「ここが肝心やで、人差し指をはなしなはれ」
「そんなことでけしまへん。おちてしまいますがな。」
「そうやろ。覚えとき。いいか、握ったものは離さないのが極意じゃ」
なんともすさまじき執念やなあ。…・・
宵越しの銭はもたねえ・・と言った江戸っ子の気質とは違いますね。