笑福亭 仁鶴 師匠編

ご存じ「エラの張った顔」の師匠。昔、「ヤングオーオー」という番組で
司会役で大人気を得た。
まだ若い頃の話しである。松鶴一門の中の大師匠。この頃、メディアであまり
噺を聴く機会がないが、楽しみにしている噺家である。
関東で暮らしていると上方落語を聴く機会がほとんど無い。メディアを通じて
が精一杯で角座に行く機会も無い。大阪に六年間住んでいた事があり、道頓堀に
はよく通ったものだ。もう十数年前の話だけれど。
朝日座で文楽を見るのも楽しかったなあ。上方は寄席という雰囲気はない。
大劇場の舞台で落語をやっている。人情噺などそぐわない。客は笑いを求める。
爆笑を求める。ギャグ好きなのだ。吉本新喜劇が頂点にある。これこそが上方の
笑いなのだろう。東京では「大宮でん助劇場」や「三波伸介」などの笑いがあり、
全く質が違っている。「藤山寛美の世界」と「大宮でん助の世界」の違いがある。
どんな違いかというと明確には表現できないが、おわかりの方もあろう。
「三十石夢の通い路」は「三十石」という長編の途中までで下げた噺で、あの
節が心地よい。乗っている客が皆寝入っている。船頭がろうろうと艪をこいで
いる…・・「やれさよいよいよー」静かに船は進んでいく…・・
ところで…・・。この噺は実に不思議な雰囲気をもっている他に類無きものです。
江戸落語でこれに値する噺を知りません。
| 笑福亭仁鶴 | 壺算 |
| 笑福亭仁鶴 | 不動坊 |
| 笑福亭仁鶴 | 崇徳院 |
| 笑福亭仁鶴 | くしゃみ講釈 |
| 笑福亭仁鶴 | 三十石夢の通い路 |
| 笑福亭仁鶴 | 貧乏花見 |
| 笑福亭仁鶴 | 七度狐 |
「崇徳院」………………………………・という噺
「瀬をはやみ 岩にさかるる滝川の 割れても末に あわんとぞ思う」
崇徳院の歌をもとにした噺である。大店の若旦那と美しい娘の恋物語。
あるお寺の境内の茶店で若旦那が娘の置き忘れた茶袱紗を手渡す。その娘に
一目惚れというやつ。この若旦那は純情うぶ。すぐにナンパするなんて人間じゃ
ない。その晩から寝込んでしまう。「惚れた病はお医者様でも草津の湯でも・・」
ということで一命も危うしと。親が心配して出入りの熊さんに娘さんを探し出す
ようにたのんだ。探し出すっていっても広い江戸のこと。何か手がかりがないか
と若旦那から聞き出すと、この崇徳院の歌だという。旦那からは探し出した時
には長屋一軒を任せるとの事。それってんで探し回る。どこをどういうという
あても無くふらふらして三日たった。熊さんの女房が心配して探しかたを聞くと
あっちうろうろこっちうろろしているとのこと。
「馬鹿だねあんたは。あの崇徳院の歌がてがかりなんだろ。人が集まる所に行っ
てその崇徳院の歌をよむんだよ。早くいっておいで。」てんで、草鞋を腰の
周りにぶら下げられて追い出された。
床屋や湯屋など町内はもちろん隣町やその先まで探し回る。髭なんざそりきって
血がでてくる始末。同じ店に何回も顔をだしたりしているうちに、とある床屋で
ある男にでくわす。その男の話はというと大店の娘さんが若旦那風の良い男に
一目惚れして寝込んでいて、命があやうい。店の者や出入りの者が総でで日本
全国を探しに行く所だと。その前に髭をあたりにきたという。
熊さんこれを聞いていきなり崇徳院の歌をどなりだす。ビックリしたのはかの男
「なんだいお前さんは。いったいその歌はどうしたというんだ。実はおいらも
崇徳院の歌をてがかりにしてるんだ。」という。
熊さんの喜びやいかん、ここで会ったが百年目、もうきの浮木優曇華の・・
とまるで敵討ちにあったごとくのよう。こっちの店に来い。いやこっちの店に
こいと騒動のあと、目出度く二人は結ばれたという噺でした。
「貧乏花見」………………………………・という噺
江戸落語では「長屋の花見」となる。花見の場所は異なるが内容は同じ。
上方のほうが元祖だろう。その日の食い扶持にも困る暮らしの貧乏長屋の
連中を大家さんが花見に連れて行こうともちだす。ただで酒が飲めるのかと
喜んでいた連中だが大家さんにも金があろうはずはない。酒は番茶の出がらし
ご馳走は大根の“かまぼこ”、たくわんの“卵焼き”ときてる。
むしろの“毛せん”を担いで花見へと出かける。
番茶の酒では盛り上がりようがない。酔ったふりをしろという大家さん。
見栄だけじゃしょうがない。江戸の庶民の暮らしとはこんなものなのだろうか。