落 語 奇 談 幕 開 け



「あれ、そこに行くのは席亭さんじゃないかい!」

「あっ、見つかっちゃったかい。」

「見つかったも何もねえじゃねえですよ。このところ随分とご無沙汰じゃねえ

 ですかい。」

「ああ、そうなんだ。それでね、つい決まりが悪くてね。」

「上がっておくんなさいな。花魁が寂しがっていますよ。」

「でもな、ちょいと用事があってな。」

「用事ですかい。なんでやすか。」

「うん、品川に用事があってここまできたんだが、プリンスホテルでな宴会が

 あってな。」

「プリンスホテル?なんだいそりゃ?」

「あ、そうか、お前さんらの時代には関係ないこった。」

「・・・・・・?」

「ところで、わけえし、幾代は元気にしているかい?」

「そりゃ、もう・席亭さんのいらっしゃるのを心待ちにしてますよ。」

「そうかい。うれしいね。じゃ、上がろうか。」

てんで、品川宿の馴染みの女郎屋に上がった席亭さん。梯子を上がるてえと

引きつけに。

「あら、お久しぶりじゃないの、席亭さん。どうしていたのよ。よそで浮気でも

 していたんじゃないの。今、幾代さんが来るから待ってね。」

「おう、とんだご無沙汰で悪かったねえ。これ、少ないけどとっといて。」

「あら、いつもすいません。幾代さんが来ましたよ!」

「よう、しばらく!」

「しばらくじゃないわよ。ほんとに。どこいってたの!新宿当たりで遊んでいたん

 でしょ。悔しいわね。」

「違うんだよ。ホームページ作ったり電子メールしたりして忙しかったもんだから

 なかなか来れなくてね。」

「何?ホームページとか、電子メールとかって」

「あそうか、お前さんらの時代と違うんだっけ。」

「・・・・・・?」

「ねえ、へんなこと言ってないでお部屋にいきましょ。」

ということで、席亭さん花魁の部屋へということに。

酒・肴を注文するのだが、席亭にとっては当時の品川沖でとれたものは新鮮だし

今やお目に掛かることはないしろものなのだが、花魁にとっちゃ毎日食べている

ものですから。食傷気味という・・・・といってフランス料理などはないのだから

しょうがないときてる。

差し向かいでやっている。花魁の部屋・・・・  

「なあ、花魁。刺身自体はいいんだけど、どうもこの下地がなあ。なんか、

 甘ったるいんだよな。」

「そう。どれ?・・・あら?そうだわねえ。なにこれ。ねえ、ちょいと、誰か

 いないかい?だれかあ・・」

そこに現れたのが、店のわけえしならぬ、例の人物でして。

「へーーーーーーーーーい! 毎度ご贔屓にーーーーいよっ」てんで階段を

上がってきた男、その調子がいいのってなんの。

「いよっ。大将、頭領、親方、大臣、クリントン!・・・・」

「なんだい、なんだいお前は、ええ。それになんだいクリントンてのは。」

「あれえ?時代が違いましたか?」

「・・・・・・・・」

「下地ですか?味が違う。そうでしょうな。そばつゆですから」

「なんだい、そばつゆかいこれは。どうりで」

「へい、ご内所にいますてえとね。席亭さんと花魁が仲良くお部屋に道行きと

 行くでやすか。ちょいと野暮だが恋路の仇と下地に細工を・・」

と、芝居気取りでセリフまわし。

「なんだい、花魁、この人は。」

「居残りさんなんですよ。」

「居残りかい!。へえーーー。お前さん、居残りさんかい?」

「へえ、ちょいとわけ有りでして。」

「うん、そうかい。まあわけなんざどうでもいいや。今日はわっと騒ごうじゃない

 か」てんで、どんちゃん騒ぎのあとおひけということに。一夜明けまして。

「いや、夕べは面白かったねえ。久しぶりだったよ。ああリフレッシュ!」

「席亭さん?夕べはなんとかというところで、宴会じゃありませんでしたか?」

「あっ、そうだ。すっかり忘れてたよ。でもな。プリンスホテルなんて

 この時代じゃなあ」

「え、なあに。」

「いや、なんでもない。気にせんでくれい。」

「ところで、あの居残りさんなあ。なにかわけありでなんて言っていたが、事情は

 知っているのかい」

「はい、なんでも、播州赤穂の浪人だという噂ですけど。」

「えっ、播州赤穂の浪人だって。それじゃあ、泉岳寺の」

「泉岳寺?泉岳寺って高輪の?」

「そうさ、都営線のな」

「都営線?」

「ごめん。時代が違ったな」

「・・・・・・?」

「泉岳寺がどうかしたの。」

「うん、いろいろとな。ところで花魁、その居残りさんの名前はなんていうんだい」

「たしか、佐平次さんとか。」

「佐平次だって。四十七士には無いなあ。」

「四十七士ですって?」

「あ、これまた、ごめん。」

「今日は変なことばかりの席亭さんですこと。」

「ところで、今何時だい。」

「あら、そうね。四つかしら」

「そうかい、じゃ手を出しねえ。細かいからな。」

「ひの、ふの、みの、」

「今何時だい。」

「だから、よつって」

「ごの、ろくの、ななの・・・・」

「何の遊びなの。」

「これかい、時そばごっこていうんだ。」

「・・・・・?」

「さてと、この辺にはれいの金蔵さんが心中しそこねたところなんだよな。

 本屋の馬鹿金なんて言われていたけど会いたくはないね。」

品川ていえば河岸が近くにあるんだよな。夕河岸てわけか。

河岸となると会いたい人がいるよな。といっても、勝っつあんの顔は知らないし

弱ったな、時間的には夕河岸だから。居るのだとはおもうけど。

「席亭さん!」と肩をポンと叩かれた。振り向くと、

「勝です。始めまして。席亭さんが会いたいと思うと出てこなけりゃならない

決まりでしてね。」

「そうかい。こりゃよかった。立派なお店を持ったんだってね。えらいよ。」

「これもみな、女房のお陰でして。」

「そうだね。大事にしなくちゃね。」

「へい、よかったら寄っていってくださいな。女房も喜びまさあね。」

「ありがと。これからいろいろ回らなくちゃならないんで、そうもしてられ

ないんだけど、ひとつだけ聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

「何です。」

「うん、他でもないんだけど、勝っつあんは、まだお酒の方は止めているの。」

「物議を呼んでいるってことは知っているんですが、答えてあげたいところなんで

すけど、実は御法度になっていましてね。」

「そうだろうね。席亭はこう思っている。もう立派に仕事が出来てるし、前みたい

な、無茶な飲み方はしていない。晩酌程度ではあるが、飲んでいるとね。

どうだい、当りだろ?」

「へい。まあ…・・」

「それじゃこれで。失礼しますよ。」

「あっ。席亭さん、お崎さんの家に、取れたての魚を届けておきますから、

旦那と一杯やりながら召し上がって下さい。」

「お崎さんって?」

「直ぐに解りますよ。では気をつけて」

勝っあんと別れて、先ほどの佐平次さんを思い出した。

そうか、今日はまだ、11月の末だ。討ち入りにはちと早かったなあ。

あの居残りはきっと名のあるお人に違いない。などと席亭さんは思っていた。

でなことで、タイムスリップしていることもつい忘れがちな席亭さんですが。

品川宿をあとに高輪まで来ると泉岳寺にでた。

「もうすぐあの居残りもここに葬られるんだな。」などと感傷的になったが、

泉岳寺を後に御成門、新橋とやってきた。やっぱり都営線ですね、こりゃ。

さらに銀座方面に歩いていくと、腰に胴乱を下げたおやじさんが喧嘩の仲裁に

入っている。ちょいとした若い衆のいざこざらしいけど、このおじさん、

うれしそうな顔をして活き活きとしている。興味を抱いたので、回りの人に

聞いてみると、この人物は「胴乱の幸助」という名の有名人らしい。

「胴乱の幸助」というのは上方のおじさんのはずなのに、こんな所にも出没して

いたとは、すごい人物である。まあ「お半長」で京都まででかける御仁ですから、

無理もないけど。これは面白い人物に会えたとおもい、席亭さんは後を付けてみる

ことにした。路地裏のみすぼらしい鰻屋に若い衆を連れ込んだ。「胴乱の幸助」

さんたるもの、もっと良い店に連れて行くのではと思っていたのですが、意外!

席亭さんも続いて店に入った。二階に上がって隣の部屋に入り仲裁の様子を

観察しようとお酒と鰻重を頼んで待っていると、なかなかでてこない。

幸助さんらもイライラしているようで、やっと運ばれてきたお酒や鰻重の味たるや

酷いもので、席亭さんこの瞬間に、ははあこの店は「鰻の幇間」やなあなんてね。

ということは、杯は日の丸と陸軍旗のぶっちがえのはずと思い、みると

全くその通りなので、席亭さんしてやったりの思いです。(時代が違わない?)

ところで幸助さん達はどうなったんだろうと。隣の部屋を覗いてみると、

若い衆が二人で酒のやり取りをしており、幸助さんの姿は見えません。

「ははあ、もう手打ちは済んでしまったのか。」と席亭さんは思い、

勘定を済ませて鰻屋を後にしたのでした。江戸で「胴乱の幸助」に会えた。

意外な収穫でした。銀座から日本橋、神田から万世を渡って上野のほうに行こうと

席亭さんはぶらり歩き出します。すこし行くと露天商というやつで道具屋が

店を出しております。面白そうなものがないかと物色をする席亭さん。

「これこれ何か珍しいものはありますかな。」

「へえ、いっぱいございます。まずは、首の抜ける人形や、引き出しのでない

箪笥、抜けない木刀、火事場で拾ったノコギリなどは珍しいですなあ。」

「(うふふ。やってるな。)他にはないかな。」

「小野小町の使ったシビンなどはいかがですか。」

「紫 式部が源 義経にだした手紙などはどうです?」

「そんなもの、時代が違うし、あるはずがないじゃないか。」と一応受ける。

「あるはずがないから、めずらしいのですがな。」

「他には?」

「源 頼朝の幼少の頃の頭蓋骨がありますが。」

「もういいや。」

席亭さんきっとここに店を並べる道具屋さんの中には太鼓で三百両儲けた人も

いるのだろうなとか思いつつ、そこを離れた。

神田あたりまで来ると車夫がいて声をかけてきた。

「旦那。のっていって下さいな。」

少し歩き疲れていた席亭さん。乗る事に決め値段の交渉に。

「上野までだけど、いくらで?」

「一円に決まってらあな。」…その頃は円タクといって料金は固定であった。

   (ちょっと時代がずれている)

「そうかい、じゃあ頼むよ。」「へいーーー」

その車夫の足の速い事。あっという間に万世を渡り、上野で降ろしてくれるのかな

と思ったら…浦和だったなんて噺があったけね。

余りに無鉄砲に走るので途中で芸者さんを堀に落しちゃったりしてね。

「おい、なにをするんだ。芸者さんを上げてやらないかい。」

「へえ、冗談をいっちゃいえねえ、旦那。芸者あげるくらいなら、車ひいてねえよ」

「反対車だよ、こりゃ。わかったいいよ。おい、芸者さん私が上げてよやろうじゃ

ないかい。玉代はいくらだい?」

「旦那!旦那までが落語やっちゃいけませんよ。旦那は部外者なんですから。」

「そうだったね。あたしゃ、落語の人物になっちゃいけないルールだったね。」

「そうですよ。これからも気を付けてくださいな。」

「あいよ。」

てな具合で上野あたりまでやってきた席亭さんです。

「さてと、上野あたりで、落語の噺はてえと、何かあったかなあ。うーーーん」

ちょうと思い付かない様子。

「弱ったねえ、こりゃ。この先の王子あたりまでいくってえと、扇屋で狐に会える

んだがなあ。山の手線に乗るわけにもいかないし、どうしようかなあ。」

「ありゃ、ちょいと旦那あ。」

「え、なんだい。」

「席亭さんじゃないかい?」

「そうだけど、おかみさんは?」「やだ、席亭さんが困っていたようなので、

助けてやろうかと…」

「そう、これからどうしようかなあ、なんてね」

「ところで、おかみさんはお崎さんでいう名前じゃ?」

「あら、やだねえ。どうして知っているの。」

「髪結いふうのおかみさんてえと、私の頭には、お崎さんという名前しか

ないんですよ。」

「ふーーん、そうかい。あたり!」

「するてえと、旦那は昼間遊んでいるということで。お崎さんより年下で・・」

「よく知ってるわねえ。」

「そりゃもう。オチまでね。」

「オチ?」「いえ、こっちの話です。」「そう。」

「先ほど、魚屋の勝っつあんに会いましたよ。」

「言った通りお崎さんに会えましたねえ。不思議だ。勝っつあん魚、届けてく

 くれるって言ってた。」

「あのう、お崎さん、旦那さんに会いに行っていいですか?」

「ええ、髪結いの亭主てえやつで、羨ましい次第につき、ちょいと一杯なんぞ」

「そう、家は知っているの?」

「はい、GPSでOKです・」「GPS?なんやそれ。」「え、こっちの話で・」

「じゃ、大店の仕事を済ましてから行くから先にいっててね。」「はい、ではまた」

しめしめ、厩火事の場面にであったなあと、席亭さん。お崎さんの旦那と一杯

やろうと長屋に向かった。

「ごめんくださいな・」「はい、誰だい?」

「はい、席亭と申すものでございますが、先程、通りでおかみさんにお会いしまし

て、ぜひ寄って行ってくださいな。ということになりまして、お邪魔しました

次第です。」

「そうかい、お崎にあったって?」「はい。」

「まあ、はいんない。」

「では。こんにちは。」「はい、こんにちは。まあ、一杯どう」

「昼間っから、刺し身で一杯てえと、おじさんから叱られませんか?」

「えっ。これは勝っつあんが届けてくれたやつだよ。」

「あそうだ。もう届いたんですか。ありがたい。」

「あのう、旦那さんは、時代のついた焼き物を大事にしていませんか?」

「どうして知ってんの、かみさんに聞いた?」

「いえ、麹町のサルかなあ、なんてね。」

「なんだいそりゃ。」「こっちの話です。」

「そろそろ、おかみさんが帰ってくるころですね。」

「そうだなあ。」

「あのお、余計なお世話ですが、おかみさんが台所でけがをしたら、体を

気遣って下さいね。」

「なんで、怪我するって知ってんだい。」

「こっちの話で…」「…・・?」

  

さてと、上野もいいけど、ちょっと河岸にいきたいねえ。日本橋か。銀座線は

ねえしな。歩いて行くと、このあたりには、鈴本があるんだけど、今は

あるわけないよな。日本橋に河岸があったなんて信じられないような。

あれ、時分時を過ぎちゃってるので余り人がいないねえ。おっ、秋刀魚を

売ってるよ。これだね、つくねにして吸い物で殿様にだしたってやつは。

やっぱり、秋刀魚は目黒かいな。七輪で焼いて真っ黒になった秋刀魚なんてのは、

食べられなくなったね。席亭さん、真っ黒に焼けたジュンジュンしている秋刀魚を

買って、醤油をかけて食べた。実にうまい。殿様の気持ちがわかったね。

そうだこの近くに「穀町の旦那」がいたはずだ、寄って見よう席亭さん、さっそく

向かった。

「はい、こんにちは。大旦那はいらっしゃいますか。」

「はい、どなた様で。」

「席亭が参りましたと伝えてもらえれば、わかるかと…」

「大旦那様、席亭とおっしゃる方がみえられましたが。」

「席亭?…・・おおそうか。すぐに行きます。」

「おお、これはこれは席亭さん、いかがなされましたかな。」

「私をご存知でしたか。」

「もちろんですとも。」

落語の世界では席亭は有名人なんですな。

「実は今晩、ご近所で騒動がもちあがるようでして、まあ、大旦那さんのお店は

害がないのですけど、二、三枚皿が割れるかもしれませんが。

そんなことで、今晩お世話になりたいのですが…」

「それは、面白そうですな。どうぞお上がりになって一杯やって下さい。」

「そうですか。では遠慮なく造作にあずかります。」

 

もうだいぶ夜が更けてきたねえ、そろそろかな。…・・

その時、町内の半鐘が叩かれた。火事である。江戸は火事早いところ、

大店では店の者を総動員して蔵に物を運びいれるのに大騒ぎ。頭も駆けつけてきた。

そろそろ、あの男が駆け込んでくるはずだけどな…・

   

「へい、おそろしいこって、なにか手伝いやしょ。」

「誰だい?」「へい、久蔵です。」

「あれま、久蔵かい?この寒い中をよく来てくれたね。うんうん、また出入りしな。」

「へい、有り難う御座います。心を入れ替えて一生懸命やります。」

「では、早速、このお皿を中に運びましょう。」

「いいよ、久蔵、力がないのだから、脇で休んでいな。」

…ガッチャン…・

「いわないこっちゃないね。」

「旦那様。」「なんだい、頭」「風の向きが変りました。もう大丈夫で。」

「そうかい。大丈夫かい。よかった。」

「旦那様。ご運のよろしいことで。」

「えっ、言うねえ。でも本当だよ。助かったよ。」

「旦那様。火事見舞いに山崎屋の若旦那がお見えです。」

「そうかい。早いねえ。久蔵に帳面をつけろといいな。」

「はい、久蔵です。山崎屋の若旦那。また出入りが叶いました。宜しくお願い

申し上げます。」

「はい、これは越後屋さんですか、有り難う御座います。へっまた出入りが

かないまして。…」

「旦那様、越後屋さんから燗酒のお見舞いでございます。」

「そうか、奥に渡しなさい。」

「へい。…あのう燗酒なんですけど…」

「それがどうした?」「へい…・」

「飲みたいのか?飲みてんだろ! おまえはなあ、酒でしくじってるんだぞ!」

「…・・」「しょうがない。一本つけておやり。」

「久蔵さん。さあさ、こっちへおいで。席亭と一杯やろう。まずはぐいっと。」

「どうもありがとう御座います。勿体無いですねえ。」

「席亭はね一度久蔵さんと一杯やりたかったんだ。」

席亭さん、幇間さんと一杯やるのが楽しみであった。

「なんだ、久蔵。席亭さんと飲んでるいるのかい。それはよかった。いいかい

この世界のお人じゃないのだから、失礼なまねはいけないよ。」

「久蔵さんは大神宮様を大事にしているんだってね。さすが芸人だよ。きっと

 良い事があるとおもうよ。」

いい旦那さんでしたね、まったく。この時代の日本酒でいいものは、混ぜ物が

ないですから、今の白ワインのような味だったのでしょう。おいしく戴いており

ましたが、飲んでいるうちに久蔵さんの長屋の方が火事だということで、

久蔵さんは急いで帰って行きました。

「おーーい久蔵さーーん。大神宮を忘れちゃいけないよ。」

久蔵さん、あわてて走っていった。

席亭さんは十分ご馳走になって一晩泊めていただき、翌日、旦那様にお礼を言って

外に出て行きました。

さてこれからどうしようか、などと思案にくれながら歩いていると、向こうから

派手な格好をして、太鼓を鳴らしながら物売りらしい若者がおります。

♪♪チャンチキチン、スケテッテン 孝行糖 孝行糖 孝行糖の本来は、うるの

こ米に、甘ざらし、ニッキに丁子 チャンチキチン、スケテッテン 孝行糖

孝行糖 むかしむかし もろこしの 老 頼子 といえる人 親に孝行しようとて

こしらえあげたる孝行糖 食べてみな おいしいよ 孝行糖 孝行糖♪♪

なんだか近くに金馬師匠がいるような気がするなあ。

席亭さん、この飴を買ってやる事にした。

「飴屋さん。一つ頂戴な。いくらだい。」

「あれえ、変な人がいるよ。」

  (やはり与太郎さん、席亭さんのことは解らないらしい。)

「へーーい。一つ一文です。」

「飴屋さん。一つ一文の飴を一つ買うといくらだい。」

「うーーんと。…・・やっぱり一文です。」

一文銭など持っていない席亭さん、ポケットから10円玉を取り出して

差し出した。

「あれえ。なんだいこのお銭は、見たことないなあ。」

「これは10円といって、1000文、一貫だ。」

「一貫、そんなに飴ないよ。」

「いいんだ、飴屋さんにあげるよ。それからこれもな。」

と、席亭さん、100円玉も差し出した。

「うわーっ。ピカピカしてきれいなお銭だなあ。」

「10貫文だよ」

「席亭さん。金持ちだねえ。」

「それじゃあな。くれぐれも水戸様のお屋敷の方には行くんじゃないよ。」

「なんでだ。」

「それは言っちゃあいけないことになっているんだ。未来のことは話せない。」

この旅では御法度になっていた。

飴屋さんと別れた席亭さん。少しばかりお腹が空いてきた。

どこか食べ物屋がないかなあと探していると、おいしそうな餅の匂い。

店の名前を見ると、「幾代餅」とある。

すると、店先に立っているあの女性が幾代さんということに。

話には聞いているが、全くもって美しい女性であった。

「ごめんなさいよ。」

「いらっしゃいませ。」

「お餅を一皿くださいな。」

「有り難うございます。席亭さん。」

「やはり私のことは…?」

「はい!。高尾姉さんも会いたいなって言っていましたよ。」

「紺屋の高尾さんかい。うれしいね。あとでいってみようかしら。」

「そうなさいましな。」

幾代さんの顔を眺めながら、おいしいお餅を戴いた席亭さん。

お店をでてみると、なにやらビールなんぞ飲みたい気分になってきた。

勿論、この時代にビールなんざありゃしない。冷やで一杯でもいいかと

脇の「そば屋」に入った。ちょうど照り降り町あたりであった。

「へーーい、いらっしゃーーい!」と小僧さん。

「一本つけてくれない。」

「へーーい。濁ったのですか。澄んだのですか。」

「濁ったのてのは嫌だね。澄んだの一合。」

「へーーい。お酒一升。」

「おいおい一合でいいんだよ。」

「景気づけです。」

「そうかい、びっくりするじゃないか。」

でも、おかしいな、なんだか居酒屋みたいだけどな、蕎麦屋だとおもって入って

きたんだけどな。

冷やを飲んでいると急に雨が降り出してきたようだった。

ザーと戸が開いて、破れ笠を持ってズブ濡れになった侍が入ってきた。

役者のようないい男で、その様子をしきりに覗っている町人がいるので、

二人の成り行きを見ていることにした。

どうやら、この町人、侍のなりを観察しているようで、着物はなんだとか

刀の鞘はどうのこうのとか聞いている。

「ははあ、あいつが仲蔵か。」と席亭さん。いい場面に出くわしたものだと

思っていた。外の雨も止んだようなので、席亭さん店をでた。

中村仲蔵か、芝居もいいねえ。この時代に来たのだから芝居小屋に行かないって

手はないけどなあ。芝居てえと、やっぱり「忠臣蔵」ということになるんだろう

けど、一人で入るのは気が引けるよ。誰か連れがいればいいんだけど。

などと思っていると、向こうから商家の丁稚風の子供がやってきた。この世界で

丁稚といえば「定吉さん」と相場は決まっている。定吉さんといえば芝居好きと

きてる。席亭さんは思わず呼び止めてしまう。

「定吉さーーん。」

「おや、席亭さんじゃありませんか。」

「やっぱり、知ってんだね。」

「それより、どうしたんですか。」

「うん、ちょいと芝居見物といきたいんだけど、一人じゃ心細くてね。誰か

連れをと、探していたら、定吉さんに出会ったというわけでして。」

「席亭さんが困っているときは助け船がでるようになってるんです。」

「じゃ、早速行こうじゃないか。忠臣蔵を観たいのだけど。」

「そうしましょ。」

「芝居というと東銀座の歌舞伎座かい?」

「歌舞伎座?何ですかそれは。」

「えっ違うの。」

「市村座に行くんですよ。」

「仲蔵は出てるんでしょ。」

「はいもう、すごい話題になっておりまして。」

「今から行けばちょうど弁当幕だね。」

「ご馳走して下さいね。」

「もちろんだとも。好きなものを注文するがいい。」

江戸庶民の夢といえば、「芝居見物と鰻を食べること」だったようですので、

今とは違って活況だったのでしょう。

席亭さん木戸銭を払って早速中に入った。

電灯など無いので中は天窓のあかりだけですから、うす暗い。だから日が落ちると

芝居もお終いになる。役者が顔を白塗りにしているのも客席から見易くするため

だという。

とにかく席亭さん、あまり内容は理解できなかったが定吉さんと楽しい時間を

過ごすことが出来た。

芝居を見ながらお酒を飲んでいた。お酒もまわってほろ酔い気分で歩いていると、先程の高尾さんのことを思い出した。

行ってみることにした。

「はい、ごめんなさいよ・」

「いらっしゃいませ。」と亭主らしき男が出てきた。

「ご亭主ですか?」「はい。」

「そうですか、貴方が来年三月十五日さんですね。」

「参りましたね。席亭さん。それを言われると面目次第もなくて。」

「そんなことありませんよ。お二人の馴れ初めは十分知っておりますから。」

そこに高尾さんが出てきた。これもまた幾代さんに負けず劣らずのいい女でして。

「先程、幾代さんにもお会いして参りました。宜しくとのことでしたよ。」

「そうですか。二人とも似たような噺ですので、よく間違えられるんですよ。」

「そうでしょうねえ。」

「席亭さんも、吉原で遊んでらっしゃるといいのに。」

「はい、はなからそのつもりでおります。が、途中いろいろな人たちに出会い

ましてねえ。まだ吉原までたどり着かないのです。」

「席亭さん、お銭もってないでしょ。両替してあげましょうね。はい30両です。」

席亭さん、両替をしてもらって高尾さんと別れたのでした。

さてと、これから吉原に行くのもいいのだが、寄席を覗いてみたい気がするねえ。

そうだ、寄席に行こう。と席亭さん人形町の寄席に向かった。

木戸銭を払って中に入った席亭さん、桝席に座って高座を見ると、無精ひげを

伸ばし、声の調子が悪そうで客に不満をぶつけている噺家が喋っていた。

「なんで、この時代に談志がいるの? ひょっとして先祖かな。」

「席亭さん!」 ふいに後ろから肩を叩かれて振り返ってみると二人の女性が

立っていた。千香さんと薄さんだ。なんとタイムスリップしてきていた。

「あれま、こりゃ驚いたねえ。ここで会えるとはねえ。」

「談志師匠を追いかけてきたんですよ。」

「えっ、じゃやっぱり、高座の噺家は談志師匠なの?」

「そうですよ。」「へえーー。でも何で?」

「席亭さんがタイムスリップして江戸の世界に行ったみたいよって話したら、

そうか、それじゃ、俺が吉原を案内してやるって言ってね。寄席で席亭さんが

来るのを待っているって寸法なの。」

「そうかい、そりゃまた豪儀だ。このあと吉原に行こうかなあなんて考えて

いたんだ。」

「そう、じゃ良かったね。それじゃ私たちはここでサヨナラして戻るわね。」

と、彼女たちはふっと消えて現代に戻っていった。

高座が終わり談志師匠が降りてきた。

「やあ席亭さん。おまちどう。さあ行こうか。」

「わざわざ、私のために来ていただきまして光栄です。先程二人の女性にも

会いました。もう帰られたようですが。」

「うん、そうなんだ。彼女はね、俺に好物の納豆をくれたんだ。ファンなんだな。」

「ええ、その話は知っております。なにか礼状をだされたとか。」「うん。」

「よろこんでいましたよ。家宝にするって。」

「そうかい。まあいいや。出かけようじゃないか。」「はい、では宜しく。」

席亭さん、師匠に連れられて吉原へということに。

蔵前あたりまでくると、駕籠屋に呼び止められた。

「おい、そこの二人連れ! もう日も暮れたし、吉原には行けないよ。禁止令が

でているんだ。辻斬りがでるんだ。」

「辻斬りかあ。よう席亭さん、あの手で行くかい?」

「そうしますか。」

「おい、駕篭屋。酒手もはずむし、中にいけたら女郎買いさせてやってもいいんだ。

どうだい、俺達をのせていかないかい。」

「へい、それならいいけど、辻斬りがでたらお先に逃げますよ。」

「いいよ、そりゃ。ただし、ちょいと仕度があるんだ。部屋を借りるよ。」

と、二人とも褌一枚になって着物は駕篭の座布団の下に隠した。

「さあ、連れてけい!」(吉原通いの決死隊だね。)

駕篭屋は一目散に吉原へと走る。途中、案の定、辻斬りがでた。

「我らは故あって幕府に謀する者。軍資金にこと欠いておる。命まではとらん。

身包み脱いでおいて行け!………」

「どうした?聞こえんのか。」

駕篭を開けると褌一枚の男が二人。

「同志よ、もう済んだらしい。」

というのは、どこかの話でしてね、席亭さんらは、辻斬りにも会わず、吉原の

大門まで、たどり着いたのである。喜んだのは駕篭屋。酒手をもらって、成功報酬

も受け取り、中に入って行った。

席亭達も、着物に着替えて大門をくぐった。

そこには、「大門で止められらあ」のおじさんがいましてね。

「席亭さんよ。馴染みはいるのかい?」

「馴染みもなにも、吉原に来るのが始めてですから。」

「でも、品川には幾代餅の幾代さんと同じ名前のレキがいまして、気のいい女

 でしてね。でも吉原となると未体験ゾーンでして。」

「そりゃそうだなあ。俺は若い頃よく遊びに来たし馴染みもいたんだが、今は

時代がちがうしなあ。まあ、お互いに初買いというこった。」

「ええ、そうなりますね。」

「大店にするかい、中店にする? それともずっと下っちゃうかい。」

「折角来たんだし、二度と来れないのだから大店にしましょうよ。」

「初買い惚れさせぬは花魁の恥、裏を返さぬは客の恥。てえけど、裏は返しようが

ないとくら。大店となると安くはないが、席亭さんどのくらいもってんだい。」

「はい、先程、高尾さんにお会いしましてね、30両を戴きました。」

「へえ、高尾太夫にね。来年三月十五日はいたかい?」

「はい、お目にかかりました。ところで、大店ですと張り店がないでしょ。

格子越しに花魁と、どうのこうのなんてできないですよね。こりゃ妙だ

煙管の飴が降るようだ、なんて助六気取りもできないでしょ。一度やってみたい

なあと思うんですが。」

「そうだな。それじゃ中店に行ってちょいとからかってから大店ってことに。」

「そうですね。」

「どうでえ、この店あたりでひとつ。」「はい」

「どの花魁にする? 五人並んでいる中のどれにする?」

「はい、左から三番目の花魁がいいなと。」

「そうかい、それじゃ俺は右から三番目ということに。」

「あれ、それって柳朝さんがやってた。」「そうだろ、よく知ってるねえ。」

「おーーい、真ん中にいる花魁よう。席亭さんが初買い惚れだってよ。」

「あらまあ、いい男じゃないの。様子が良くってさあ。上がってってよ。」

「花魁の方が良くたってそうはいかねえんだ。今日はな席亭さんを連れて大店で

わっと騒ごうって寸法よ。また来るよっていいてえとこだけど、事情があってな

これねえときてら。じゃあな、あばよ」

それから二人は茶屋で一杯やったあと、座敷で宴会でわっと騒ぎましてね。

初買いでご指名も野暮。宴席で相手をしてくれた花魁が今晩のご担当となる。

花魁の部屋に通された。席亭さんが通された部屋は二間続きで、屏風の向こうに

布団が敷かれ、枕が二つ並んでいる。ややして、花魁がやってきた。実に奇麗な

もんでして、この時代の女性ですから、やや背が低く、かわいらしい人。

串笄を刺しているので、大きく見えるようだ。

「主さん、一杯やりなんし。」などと言って注いでくれた。

「主さん、どこから来さんした。」

「うん、ちょっとそれは言わない約束になってるんだ。三年立ったら又来ます。」

「なんていえないものなあ。」「………」

そんなようなことで、引け過ぎから大引けになって、いよいよ床入りということに

………・

ここから先は、又の機会ということにしましょう。

烏カアと鳴いて夜が明けた。談志師匠の首尾はどうだったのかなあなどと考えて

いると、談志師匠がやってきた。

「席亭さんよ、どうだったい。うまくいったかい。」

「ええ、お蔭様で。」

「そうかい、そりゃ良かった。思いが叶ったってやつだね。ところで俺はそろそろ

帰らなけりゃなんねえんだ。国立演芸場で「ひとり会」があるんでね。」

「そうですか。一緒に帰りたいんですが、花魁が布団の中で手を押さえていて」

「明烏だね、全く。いいよ一人で帰りから。」

「帰れるもんなら帰ってみろ、大門で止められらあ。」

「いつまで明烏やってるつもりなんだよ。」

「はい、一度やってみたかったので、花魁に頼んだんです。」

「そうかい勝手にするがいいやな、じゃあな」

「お世話になりました。戻りましたらお礼に参ります。お気をつけて」

談志師匠は帰っていきました。席亭さんは居続けをしたいという思いもあったの

ですが、居残りの佐平次さんがでてきそうな気がして、花魁に、わけがあって

裏を返す事ができないこと。裏を返さないのは花魁のせいではないこと。などなど。

別れを惜しみつつ吉原を後にしたのです。

「♪♪唐茄子や、唐茄子♪♪ってとこかな。」

大門を出て見返り柳のところまで歩いてきた席亭さん。来る時に乗ってきた駕篭屋

さんが待っていた。

「席亭さん。夕べは有り難う御座いました。久しぶりに遊ばせてもらいまして。

どうです、帰り道は送りましょう。」

「そうかい。有り難いねえ。」と乗り込んだ。

「では行き先はどこに」

と聞かれ、はたと困ってしまった。

「行く充てもないんだけどねえ。どこにいったらいいものやら。」

「そうですか、それではお名残り惜しいのですが、元の世界に帰って戴きます。

またのおこしを心よりお待ち申し上げます。」

という声が聞こえたかと思うと強い光の中に、ああーー……・・!

  

気が付いて、回りを見渡してみると、そこは国立演芸場で、高座では談志師匠が

「よかちょろ」をやっておりました。

師匠の方に目をやると師匠も気が付かれたのか、目配りをしたようで、後で楽屋に

来いという。

「どうだい席亭さん、面白かったかい。」

「ええ、それはもう。色々な人達に会う事ができました。」

「あれはな、みんな席亭さんのイメージの中の人物なんだ。」

「そうでしょうね。そんな気がしてました。」

「でも談志師匠も出演されていましたよ。」

「そうさ、俺はさっきから高座でずっと一席やってたんだからな。」

「ということは客席の私をみて、私のイメージの中に。・・・」

「そういうことだな。」

「まさに噺家の最高の芸じゃないですか。志ん生も文楽もなしえなかった。」

「席亭さんよ。誰に対してでも、できるわけじゃねえんだ。」

「師匠と私だけのバーチャルワールドだったということですね。」

「そういうことになるかな。席亭さん流でいうとね。」

席亭は全身から力が抜けてくるのを感じた。安堵感などではなかった。

そして席亭には、言い知れぬ寂しさが襲ってきた。何故寂しいのだろうか。

あの世界は本当にあって今は失われてしまったことへの憐憫・感傷からくる

寂しさではないことだけは解っていた。

夜のしじまの中に家路につく席亭には、もう後ろを振り返る勇気はなかった。  

               −完−




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