落語奇談「たぬき編」

毎日をそれなりに過ごしていた。お静さんにはしばらく会っていない。何故かしらその
機会がやってこない。だからかなりの時間がたっていた。平々凡々な日々が過ぎて
いった。そんなある日のこと。
「ぼっちゃん。この頃おかしなことがあるのですよ。」
「なんだい。」
「はい。いつからなのかわからないのですけど。昼間、そうねえ、お昼時かしら。
近所の子供ではないのですけど、十才くらいの男の子が庭の柿木に登って遊んで
いるんです。おちやしないかと心配してるんですけど、器用に上り下りしていまして
別に悪いことをしているわけでもないし、お家の庭には沢山の木がはえているので
道路で遊んで交通事故に会うよりはいいだろうと思ってそのままにしていたんです。」
「ほう………・それでいいんじゃないですか。遊ばしてあげなさいよ。」
「はい。そう思いましたけど、しばらくすると柿の木の実が少しずつ無くなっていることに
気がついたんです。」
「実をねえ。…・・で、その子供が取ったとでも?」
「はい。そうです。」
「いいじゃないですか。どうせ柿は烏や小鳥達にでもやろうと思っているし、私達は食べ
ないのですから。」
「でも、黙って持っていくというのはやはり躾によくありません。」
「それはそうだけど。で、今日も来たのかい。」
「はい。でも不思議なのは、柿を持って帰る姿を一度も見たことがないのです。」
「じゃあ。子供は取っていないのでは。」
「そんなことはないのです。前の日にあった柿が無くなっているのですから。」
「そうかぁ…よほど柿が好きなのかなぁ。」
「どうしましょうか?」
「柿はその子供にあげましょうよ。いくらなんでもそのうちに飽きて来なくなると思うよ。」
「ではそうします。」
「そうそう、柿の枝は折れやすいから気を付けてあげて下さいね。」
「はい。」
それから一週間位たっただろうか、ばあやがやって来て、
「ばっちゃん。昨日から、れの子供が来なくなりました。今日もです。」
「そう。やっぱり飽きたんだよ。」
「そうでしょうね。」
「うん。柿の実もなくなったんだろ。」
「ええ、前からもうすっかり。」
「だから来ないんだよ、きっと。」
そんなことを言っていると、なにやら玄関の方で人の声が聞こえた。
ばあやは応対に出て行った。ややもして
「ぼっちゃん。大変です。裏庭につづく祠の入り口のところで狸が二匹死んでいるのが
見つかったそうです。この辺じゃ狸は珍しいし、こんな街中に狸が住んでいたなんて」
裏庭に切り通しに面していて、小さな祠があった。
「そう。可哀相になぁ。それで死骸はどうしたの。」
「さっき見つかったばかりなので、まだそのままだそうです。」
「よし。行ってみよう。」
早速、席亭さんは祠に行ってみた。
入り口には、狸が二匹、どうやら親子らしいのだが、やせ細った体を横たえていた。
「あわれだなぁ。ばあやさん、祠の奥に埋めてやろうよ。」
「そうですねぇ。そうしてやりましょう。」
「スコップをもってきてよ。」
「はい。」
席亭さんさん、奥に穴を掘る場所を探そうと中に入っていった。
すると奥には、無数の柿の種が落ちていて、そこで狸が住んでいたらしい形跡が
あった。これほど多くの柿を一体どこから運んできたのだろうかと思った。
この辺で柿の木があるのは席亭さんの家だけなのだ。
(ひょっとすると狸が子供に化けて柿を餌にするために取りに来ていたのでは……・)
そう思うとなお更に親子の狸があわれに思えてきた。
席亭さんは手厚く狸を葬ってあげた。線香をたて、買ってきた柿を供えた。二人で
「南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。」と成仏を祈ったのである。
それにしても不思議な出来事であった。
そんなことがあっても、時は遠慮なく過ぎていく。狸のことも次第に忘れかけていた。
席亭さんはいつものように静穏な日々を過ごしていた。
お静さんに早く会いたいという思いは益々募ってきていた。
席亭さんは原稿の締め切りが近づいてきたこともあって、夜中まで原稿に取り組んで
いた。
すると書斎の窓がコツコツと叩かれる音がした。最初は気にも留めなかったのだが、
何回も音がするので、開き窓を開けてみると、部屋の灯かりに薄っすらと照らし
だされたところに、バッチョ笠をかぶって、大きな腹を突き出しの、片手に一升徳利、
片手に通い帳をもちの、目玉をギョロつかせの八畳敷きをぶら下げという、れいの狸の、そして焼き物としか思えないやつが立っていた。
席亭さん、一瞬驚いたが、何よりも先になんでこんなところに狸の焼き物がおいて
あるのだろうという気持ちが湧いてきていた。
するとね、その焼き物がペコリと頭を下げた。
これには席亭さんも度肝を抜かれた。おもわず窓辺から後ずさりしてね、恐る恐るして
いると、
「席亭さん。今晩はだな。」と喋った。
席亭さんは怖くて何も言えない。
「席亭さん。怖がることはないんだな。お礼を言いにきたんだな。」
というや、ニコッとしてね、席亭さん益々しり込みをしていた。
「席亭さん。俺達の仲間をねんごろに葬ってくれただな。柿も恵んでくれただな。
お蔭様であの親子は成仏できただな。だから礼にきただな。」
「お礼にですか?」
席亭さんは少し冷静さを取り戻した。
(すると、この狸は守り神かなにかなんだろうか……・)
「席亭さん。一升下げてきただな。一杯やるんだな。んで入っていくんだな。」
と言うとね、窓から部屋の中に入ってきた。
身長が1メートル50センチほどで、焼き物そのものの姿でね、それが動いているの
だから奇妙だった。
その狸はバッチョ笠をとると床に自分のね八畳敷きを座布団のようにして座りこんだ。
「席亭さん。やるほうなんだな。茶碗を持ってくるだな。」
言われるままに茶碗を二つ用意をして、相向かいに座った。
狸はね、一升徳利から酒を注ぐとね、茶碗を差し出した。
「一杯やるだな。」
席亭さん、狸の差し出した茶碗を手にして躊躇していた。
(この酒は小便かなにかじゃないのかなぁ…などと考えていた)
「大丈夫だな。本物の酒だな。仲間内では良い酒なんだな。」
席亭さん、少し口に含んでみた。…………………まさに酒、うまい酒だった。
「おいしいですね。」
「だな。もっとやるだな。」
「はい。戴きます。」
狸はぐいぐいと酒を飲んでいる。席亭さんはなんだかトトロと一緒にいるような幸せな
気分になってきていた。
席亭さん、酔いも手伝ってね、狸にこう問いかけた。
「どちらからいらしたのですか。」
「知ってるはずだな。ほれっあの……」
「権兵衛狸…………………ですか?」
「うんだな。」
「あっそう。あの権兵衛狸なの?ごんべさん、トントン、ごんべさんトントンてな・・」
「んだな」
氏素性が解ってみるとね、急に親しみを感じてきてね。席亭さん、つまみなどをもって
きたりして、宴会そのものとなった。権兵衛狸さんが腹鼓や踊ったりしたのであろうか、
ばあやさんが起きてきてね二階にある書斎を覗いたそうだ。(後で解ったのだけど)
でも、狸の姿はなく、席亭さんが一人で酒を飲んで騒いでいたそうだ。
一升徳利は空になることはなく、とうとう席亭さんは酔いつぶれてしまったようだ。
額に冷たいものを感じて、ふと目を開けてみると、お静さんの顔があった。
「気がついたようね。席亭さん。」
「お静さん!」
「しばらくね。どうして来なかったのよ。浮気でもしてたの?」
「ちょっと待って。いつここに来たの?」
「覚えてないようね。随分酔ってらっしゃったようだもの、無理ないかもね。」
「うん。変な奴と飲んじゃってね。」
「狸さんでしょ?」
「何で知っているの?」
「訳を話してあげるから起きてよ。お水が欲しいでしょ。どうぞ。」
席亭さん、酔い覚めの水というやつを、おいしく飲んだ。
でもまだ頭が痛いのだった。完全な二日酔いというやつで、すぐに気分が悪くなり、
また寝込んでしまった。
「仕方がない人ね、もう。今日は一日寝ているといいわ。」
「ごめんね。」
「いいのよ。」
それから、どのくらい時間がたったのだろうか。気がついてみると回りには誰もいなくて
一人布団で寝ていた。
「あらっ、やっと起きたのね。随分寝ていましたよ。」
「そうかい。“酒のない国へ行きたい二日酔い、三日目にまた戻りたくなる”てね。」
「そうでしょ。三日目だもの。今日は。」
「えっ、昨日きたんでしょ。」
「おとといよ。」
「えっ、それじゃ…………・」
「そうよ。三日目に戻りたくなってきたんでしょうね。」
「参ったなぁこりゃ。あの狸にすっかりやられてしまったよ。」
「狸さんは、けろっとした顔で帰っていったのにね。」
「権兵衛狸っていうんだ、あいつは。片手に一升徳利をもっていただろ。帳面で酒を
買っては毎日飲んでるんだ。」
「そう。さあもうおきられるでしょ?」
「うん。大丈夫さ。少しお腹が空いたよ。」
「用意してあるわよ。顔を洗ってちょうだい。」
「有り難う。」
席亭さん朝御飯ならぬ、少し早い昼御飯を戴いたてなわけ。
「ご馳走さまでした。」
「はい。おかまいもなく。いつもながら、たいそうに戴きました。」
「何をですか。」
「お金ですよ。覚えてないの?」
「はい。」
「狸さんが、席亭さんからですと言って、沢山のお金を下さったのよ。」
「お金をかい?」
「そうよ。」
(権兵衛狸めが、余計なことをしたもんだ。でも、ありがたく受けようと思った)
「お世話になるんだから使って下さいな。」
「使い切れるお金じゃないのよ。」
「えっ、いくらくらいおいてったの?」
「三百両よ。」
「えっそんなに。」
「使いきれないでしょ。」
「権兵衛狸さん、えらくおごったんだねえ。」
「大切にします。これは席亭さんのお金でしょ。寝てらした時、随分と疲れていたみたい
根をつめてお仕事をされていたのではないですか?」
「そういえば………・」
「でしょ。ゆっくりして下さいね。そろそろお弟子さんがくるころなんだけど…」
「そのことで、相談したいことがあるんだ。」
「何を?」
「私に稽古をして欲しいんだけど。」
「お稽古をですか?」
「はい。」
「何故そんな気になったんですか?」
「いやね、三味線を弾いてみたいという気になったんだ。向こうの世界では弦楽器を
やったことがあるのでね、できるかなあと思って。」
「いいけど、お弟子さんが帰った後でいいでしょ。」
「もちろん。」
席亭さん、お弟子さんが終わった後に、早速、稽古を付けてもらう。
お静さんと差し向かいになって、見よう見まねでたぐっていく。
「席亭さん、筋がいいわよ。うまいじゃない。」
「お世辞は抜きにしてね。」
「いえ、ほんとよぉ。これなら、そんなにかからないと思うけど…・・」
どうやら、「軒付け」のテンさんにはならなくてよさそうだった。
そろそろ稽古も飽きてきたのと昼時でもあるので外食としゃれこんだ。
「お静さん、うなぎでも戴きに行きましょうか?」
「そうしましょうよ。」
二人で行き付けの鰻屋にでかけた。
店について早速、二階に上がった。
部屋に通されると、男の子をつれた親子づれがいた。
「ご注文はどうしますか?」
「そうだね。中串を3本とお銚子をとりあえず2本、お猪口を2つね。」
「はい。」
まず、お銚子と付け出しの御新香がでてきた。
「この御新香が鰻屋の腕をみせるところだよね。これでつなぐんだからね。」
「まぁ、一杯どうぞ。」
お静さんのお酌で一杯。
「はい。ご返杯。」
「私はいいの。」
「飲まないの?」
「はい。」
そのういちにね、鰻が運ばれてきた。
醒めないうちにいただいていると、隣の親子連れの会話が聞こえてきた。
「うん。」なにね。お店の番頭さんと木場に行く途中にね、ばったりこいつに会ったんだ。
声をかけてみると、おっかさんと二人暮らしで、人様の世話になって苦労している・・
てぇことで、坊主は鰻が好きだから一緒に食おうってなわけで、おとっつあんがくるの
は黙っていろよと言ったのに、しゃべっちまって……」
「ねぇ、おっかさん何かしゃべってよ。」
「あのう、この子が大金持って帰ってきたもんで、どうしたのと聴いたら、もらったんだ、
だれにもらったんだと言っても、言わないもんだから。問い詰めるとおとっつあんに
もらったって。鰻を食べさせてもらうんだって。そういうものだから。…・・」
「おとっつあんも、おっかさんも、おいらと元のように暮らそうよ。いいだろおとっつあん。
おっかさん。」
「いい話じゃないか、お静さん。」
「ええ、ほんとうね。ほだされちゃったわ。」
お静さんは涙ぐんでいた。
席亭さんも思わず感極まってきた。
「子供っていいもんだね。」
「そう。そう思う?」
「勿論さ。あちらでは結婚もしてないのだもの、子供は望めないものね…・」
「そうなの……………………………席亭さん。聞いてもらいたいことがあるの。」
「なんだい。改まって。」
「こんなところでなんなのだけど。あたしね、子供ができちゃったようなの。」
「えぇ!子供ができたの!…・・」
大声だしたものだから、親子連れがね。
「どうも、おめでとうございます。」
「おじちゃん。おめでとう!」
「あらま、恥ずかしいわ。席亭さんどうしましょ。」
「お静さん。うれしいよ。思ってもみなかったといえば、嘘になるけど。子供をもてる
なんて、信じられないよ。有り難う!」
「席亭さん。喜んでくれるの。」
「あたりまえだろう。それでいつ頃生まれるの?」
「お産婆さんは、まだ三ケ月頃だろうっていうの。」
(そうか、産婦人科なんてないものな。わからないのだろう)
「今が大事な時だよ。体に気を付けて下さいね。」
「産んでもいいの?」
「何を言っているんだ。当たり前だよ。」
「よかった。よかったわ。」
「私は子供が産まれるまで戻らないつもりだよ。迎えが来てしまうかもしれないけど。
自分からは絶対に帰らないよ。そのつもりだ。」
「うれしいわ。」
「さあ、栄養をうんとつけるんだ。私の分まで食べておくれ。」
「そんなに食べられないわよ。」
席亭さん。お静さんと親子になれる喜びに浸っていた。
鰻屋から戻ってきた席亭さんは、それからは毎日が落ち着かない感じの日々が過ぎた。
お稽古も身につかないというか上の空という具合で、とうとうお静さんから
「当分、お稽古はよしにしましょう。身が入らないみたいだしね。」
「御免ね。子供のことが気になってね。」
「まだ生まれてないのよ。今からこれじゃ先が思いやられるわね。」
「そうだね。……・」
うれしそうにしている席亭さんであった。
ある時なんざ、お静さんにカルシウムを取らせたいと思ってね、牛乳なんざないから
「いわし」がいいのではないかと、日本橋の河岸に行って新鮮なやつを買ってきてね、
七輪で焼いて食べさせてやった。シュンシュンとういうやつでね。
スーパーで売ってるやつとは大違いでね。一心太助から買ったてなやつで。
席亭さん御膳に添えてだした。
「どうぞおたべ下さいな。」
「すみませんね。御飯の仕度までしていたただいて。」
「なんのこれしき。余は満足じゃぁ……・」でなぐあいで。
「おいしいわ。」
「うん。やっぱり、いわしは目黒に限るなぁ。」
「日本橋で買ったんでしょ。…・・かわりをもてぃ…」
「ははあ…かしこまりまして候ぇ。」
「こんばんわ席亭さん。」
「おやま、植木屋の留さん。どうしたの。」
「なにね、いわしを少しわけてもらいてえと…」
「いわしを、いいですよ。沢山ありますから。河岸で買いすぎちゃってね。生きがいいよ」
「そうですかい。それじゃ遠慮なくってぇとこで。」
「はい。どうぞ。それで晩酌ですかな。」
「いえね、そうじゃねえんで。…大工の熊公にね、ちょいとした趣向をね。」
「ほう。なんですかな。趣向てなぁ」
「なにね、昼間、お屋敷で仕事の合間に軒下で休んでいるってぇと、旦那様が酒やら
氷の上に乗った鯉のあらいやらをご馳走して下さってね、青菜を下さるっていう段に
なって、しゃれたことをおっしゃったので、ひとつ熊の野郎に試してやろうっていうわけ
でさぁ。」
「そうですか。…・で、そのしゃれたことっていうのは何ですか?」
「そいつぁ、いえねんで。」
「そうですか。それでは、義経にしておきなさい。」
「ありゃぁ。参ったなこりゃ。弁慶にしておきやす。」
またある日のこと、外で騒動がおきたようで、…・・
「いわしこーーや、いわしこ」
「ええ、ふるーーい。ふるい」
「いわしこーーや、いわしこ」
「ええ、ふるーーい。ふるい」
「なんだ、この野郎。俺のいわしが古いてのか?」
「いえそうじゃないんで、あたしゃ、篩屋(ふるい…粉などをふるう道具)なんで。」
「そうかぁ。でも、俺のいわしが古いように聞こえるじゃねえか。離れて商売しろい!」
「そうもいかねえんで、この長屋はお得意さんなんでね。」
「しょうがねえなぁ。」
「まぁまぁ、喧嘩はよしなさいな。」
「あれっ、、席亭さんじゃないの。」
「はい。もうすぐここに、いい商売の方がきますから。それで双方丸く収まりますよ。」
そこに、古物商(ふるかね屋)さんがやってきた。
「さぁ、商売を続けて下さい。」
「いわしこーーや、いわしこ」
「ええ、ふるーーい。ふるい」
「ふるかねーー、ふるかねっ」
てなとこかな。……………………………あなかしこ。
さて、これから、席亭さんに目出度くお世継ぎ誕生ということになりまするが、
おあとの仕度が宜しいようで…………・テケテンテン