落語奇談「とりとめもない話」

「席亭さん。来ましたよ。そこの自動販売機でチューハイ買って来ましたから飲みましょう。」
「おう。きぬ太君か。ありがたいね。早速戴こうか。一緒にいいんだろ。」
「はい。ところで、何かお話でも?」
「ま、一杯やろうよ。話はそれからだ。。」
「缶チューハイじゃまずかったでしょうか。」
「そんなことはないよ。さぁ乾杯だ。」
「そこでね。きぬ太君。とりとめもない話っていうだろう。このとりとめもない話ってのは何んだろうね。」
「また席亭さんの禅問答ですか?」
「いや、そんな高尚な話じゃないんだ。ふとね、とりとめもない話というけど考えてみるとわかるような、わからない
ような気がしてね。どう思う?」
「あらためて聞かれると困りますね。」
「そうだろう。困るんだよ。こんなこと言っていることがとりとめもない話ということなのかなぁ。」
「そうかもしれません。」
「でね。今日はきぬ太君とさチューハイでも飲みながらその、とりとめもない話というのをやってみようかなと思うんだ」
「いいですけど、で・・・・・・・・どうなります?」
「落語と歌舞伎についてはどう?」
「口火を切ってください。どういうことなんでしょうか。」
「うん。落語の中でね、歌舞伎に関係する噺はあるでしょう。」
「ええ。淀五郎とか中村仲蔵とか、七段目、九段目・・・他にもあるでしょうけど。」
「そうだよね。権助芝居なんてのもあるよ。毛氈芝居なんてのもあるね。男の花道とかさ・・・」
「そうですね。あげると色々出てきます。」
「でしょ。でも素人が歌舞伎の真似をしているというだけでしょ。落語独自の芝居ネタというのはあるかい。」
「落語家による文士劇みたいなことがありました。五代目 古今亭志ん生が「おかる」をやったとか聞きました。」
「落語の芝居ネタとは違うなぁ。上方落語にはあるんだ。「蛸芝居」なんてのがそうだよ。」
「上方は芝居好きですからねぇ。」
「ところで「八五郎出世」という話があるね。」
「えっ、そっちの話にいくのですか?」
「そうさ。とりとめもない話ですからねぇ。」
「で、「八五郎出世」がどうかしましたか。」
「妹に世継ぎが出来てね。城に呼び出される。殿様に目通りして、酒や肴がふるまわれるというところで多くは
話がおわるでしょ。その後、どうなったかというのを知っているかい。」
「その先があったのですか?」
「うん。お方様の兄貴だろ。長屋に置いておくということもできない。二本ざしの侍に取り立てられたってわけだ。」
「それで出世ということなのですか。」
「でもねぇ、おかしな話だと思わないかい。遊び人の兄貴がいきなり武士になるんだ。無理だよね。ま、そこが
不自然なので落語家はここまでやらないのかもしれないね。」
「いわれてみればそうですね。」
「門限を破って締め出しをくった若い男女が出てくる「宮戸川」というのがあるだろ。叔父さんのところに行ってね。
早合点されて二階に二人だけにされる。男は戸惑っているが女は心が決まっているようで、なるようになるのさ。」
「そこからがいいところなのに落語家は切ってしまいますね。やれば面白いのになぁ。」
「高座や座敷ならともかく、タレビやラジオの収録ではできないよ。放送コードの問題もあるしね。でこの後の二人
がどうなったかという興味がわくでしょ。」
「結婚でもしたのでしょ。」
「わからないんだよ。たぶんそうかなっておもうけどね。」
「あらま。」
「じゃねぇ。「らくだ」について話そうか。屑屋がらくだの兄貴分に捕まってね。いろいろこき使われたあとに、大家から
せしめた酒を屑屋に呑ませる場面にいたるだろ。昼間から酒飲んでは仕事が出来ないと断るけど、脅されて
二杯、三杯とやるにつれて気が大きくなってくる。兄貴分の腰がひけてくる。ここから先が凄い話になるのだけど
知っているかな。」
「いえ、たいがいその辺で高座を降りますよね。」
「ところが談志師匠の「らくだ」は違うんだ。よく師匠が落語のリアリティーというけど正にここだね。」
「どうなるんですか。」
「屑屋の身の上を語るのさ。屑屋だって初めから屑屋だったわけじゃない。屑屋にまで身を落とした理由があるという
経緯を織り込んでくる。屑屋の話に凄みがでてくるんだ。聴いていて震えがくるよ。」
「そんなに凄いですか。」
「談志師匠の真骨頂だね。「粗忽長屋」てのはどうかね。」
「展開が速いですねぇ。」
「そりゃそうだよ。テーマがとりとめもない話だよ。とりとめもなく、いかなくちゃいけないよ。」
「で、どうなります。」
「長屋にいる熊さんを、お前は浅草でいきだおれになって死んでるから早く行かなくちゃと迎えに来る。目の前にいる
熊さんに死んでいるって言ってる奴もおかしいけど、そうかと言って行く熊さんもおかしいよ。落語の中のシュール
ということなのだけど、このシュールさはよく分析しないといけないんだ。」
「たしかに、頭山などもそうですね。」
「私も今もってよくわからないんだ。やっている落語家もどう理解しているのかなぁ。最後はね、抱かれてる俺は俺
だけど、抱いてる俺は誰だろう・・・・だろ。これ逆にしたらシュールじゃなくなるね。で、頭山の話がでたね。」
「はい。さくらんぼの種まで食べてしまったら、頭から桜の木がはえてきたというのでしょ。子供の頃にスイカの種を
飲み込んじゃいけないよ。なんて親から言われましたけどね。」
「そうなんだ。これは映画化されているんだよ。でもバーチャルな世界にいる落語を映画化するのは無理なものが
あるような気がしますよ。落語がバーチャルなものだということとシュールとは繋がっているのでしょうね。」
「シュールとえば、「二階ぞめき」なんてのは極地でしょうか。」
「「そうかもしれないな。なにしろ自宅の二階に吉原遊郭を造って遊びにいくってのだから荒唐無稽な話だ。遊びが過ぎてね。親父さんに遊びを止められた若旦那がね、二階に造ってしまえばいつでも行けるてなわけだな。
もちろん若旦那一人で造れるわけじゃない。町内には吉原の街並みを知り尽くした大工なんかがいてね。みんなで
よってたかってつくってしまうてなわけさ。八代目 桂 文楽師匠のものもいいけど、談志師匠のものが絶品です。」
「志の輔さんの「歓喜の歌」も映画になりましたね。」
「そうだ。歌舞伎の話に戻るけどね。落語に「髪結新三」てのがあるだろ。知っているかい。」
「はい。講談でも伯龍先生がやっています。六代目 三遊亭円生さんとか桂 歌丸さんのも聴いたことがあります。」
「ほうそうか。それならいいや。」
「あれつ。なんか薀蓄がりませんか。」
「ないよ。とりとめもないんだからね。きぬ太君からはなんかない。?」
「あのう。「狸賽」なんですが。途中にお札になる場面がありますね。結局化け続けられなくて帰ってくるのですが。
どうやって狸の姿になってきたのでしょうか。」
「うん。きぬ太君らしい質問だよ。どうしてだろうねぇ。札を点検しているときに風に吹かれたようなふりで手から逃げて
帰ってきたのじゃないかなぁ。推察にしかすぎないけどね。よくわかりませんね。」
「狸関連でいきますよ。「権兵衛狸」ですが。狸が恩返しに権兵衛さんのところに行きますね。」
「うん。いい場面だ。恩を返せないのは人間と同じだなんて言ってね。」
「権兵衛さんのところの戸をたたくというのですが、どうやってノックしたのでしょうか。」
「いい質問だ。論議を呼んでいる場面だよ。まさか棒でもって叩くということないでしょうし、色々な見解があるんだ。
狸の金玉で叩くというのは無理だろ。でね。後頭部でコンコンとやったのじゃないかというのがのが通説になって
いるみたいだね。」
「へぇ。後ろ向きに戸を叩いたということですか。可能かもしれませんね。」
「でさ、権兵衛さんが戸をあけるだろ。振り返って股座をくぐって中に入るというわけだ。」
「YES,I UNDERSTAND。」
「じゃぁね。狸ついでに桂 米朝師匠の「豆狸」というのがあるよね。新作なんだけどもはや古典といってもいい
でしょう。子狸が人を驚かすのが面白くて何度も繰り返しているうちに、とうとうばれてしまってしっぺかえしを食う。
怪我をしてしまうんだ。膏薬を買うために葉っぱをお金に変えて毎日小僧に化けて買いに行く。膏薬を買って
小僧さんが帰って金勘定すると足らないし葉っぱが残っている。不思議だなぁと思いつつも、そんな日が続いた。
ある日。寺の境内で子狸が死んでいるのが見つかるんだ。体中に膏薬を貼っていてね。毛皮の上から膏薬を
貼ったって効く訳が無いのに、毎日買っては貼っていたんだ。」
「哀れな話ですね。泣けますよ。」
「そうだろ。せめてもと、お坊さんを呼んでお経を上げてもらった。するとね。秋のことだ散らばっていた葉っぱが
集まってきて子狸の上につもっていったそうだ。おそらく仲間の狸のたむけだったのだろうね。」
「いい落語ですね。」
「正岡 容という人の作なんだ。桂 米朝師匠が師と仰ぐ人さ。米朝師匠には他にも「一文笛」という名作があるけど、
ここでは止めておこう。」
「探して聴くことにします。」
「うん。そうしなさい。涙無しには聴けない話だからね。」
「はい。ほかの狸の話は?」
「そう狸ばかりじゃねぇ。なにしろ、とりとめもない話でしょう。・・・・・では狐の話というのはどうかな。」
「王子の狐とかですか。」
「いや。狐が女性に化けて男と結婚して子を産むという伝説めいた話がある。これは落語だけじゃなくてね。
けっこう普遍的な話なんだ。大阪は南の信田の森というところに狐が多く住んでいたという。「親子茶屋」という
話にも“信田の森の狐どんを釣ろうよ。”というフレーズがあるし、「天神山」などにもでてくるよ。
“恋しくば 尋ねきてみよ 南なる 信田の森のうらみ葛の葉”なんて有名な文句もある。」
「そういうのって狸にはないですねぇ。」
「まぁな。狸が女に化けるってのはどうもな。八畳敷の持ち主だろ。イメージは男になるよな。」
「ばっちょ笠かぶって一升徳利下げて、腹はでてるしメタボそのものでね。金玉ぶらさげてるしね。」
「そうだろ。でね。談志師匠の近況はどうなんだい。」
「話が変わりましたね。・・・・・・だいぶ喉の調子が良くないように見受けられますが。」
「そうなんだ。この頃の高座も酷いものでね。聴けたものじゃないと思っているよ。五代目 古今亭志ん朝も亡くなった
五代目 三遊亭円楽も引退で三遊亭楽太郎が六代目を継承する。四代目 春風亭柳好はぱっとしない。
九代目 桂 文楽も重そうだしなぁ。枝雀は自殺で、桂 吉朝も死んじゃうだろ。小米朝が米団治を継ぐのは
いいけど、九代目 林家正蔵はあの調子だよ。落語界に光はさしてこないのかねぇ。」
「席亭さん。そう嘆いても仕方がないですよ。若手はいますよ。」
「いるいことはいるさ。望みは捨てていないよ。上方には人材が豊富だしな。立川流には期待できるよ。」
「でしょう。大丈夫ですよ。心配しないで下さい。」
「勘三郎がいいよね。赤坂歌舞伎なんていいし、海外でもいい仕事してる。息子二人も成長しているし先が楽しみ
だよ。」
「そうですね。歌舞伎界は継承がうまくいっているようですね。」
「その通りだよ。狂言でも萬斎がいるので安心だ。心配は落語界だよ。」
「志の輔、立川談春、立川志らくがいますよ。」
「ま、ここらでお開きといきますか。」
−完−