追悼 春風亭柳昇

 

6月16日 胃がんのために亡くなられました。享年82歳でした。

落語芸術協会理事長をされておりました。

 

高座では・・・「春風亭柳昇と申しますと・・・・・・わが国では・・・私一人でして。」のフレーズで始まりました。

飄々とした芸風でした。新作を主にかけておりました。

プロフィールを記しますと

 

大正9年10月 東京都武蔵野市に生まれる。

昭和8年10月 横川電気に入社(ここで約4年間ブラスバンド部に入りトロンボーンを習得)

昭和15年3月 横川電気青年学校を優等で卒業。

昭和16年2月 現役兵として歩兵第101連隊第一機関銃中隊に入隊

昭和20年12月陸軍軍曹で復員。

昭和21年12月 六代目春風亭柳橋門下となり柳之助を名乗る。

昭和24年5月 五代目柳昇を襲名、二ツ目となる。

昭和33年10月 真打昇進。

昭和38年 林家三平、三遊亭円歌、桂米丸氏等とニッポン放送応援の元に「創作落語会」を作り約10年続けた。

昭和48年2月 国立演芸場設立促進設立委員長となり、昭和54年2月23日完成。

昭和51年12月 社団法人落語芸術協会の副会長となる(現理事長)

昭和52年12月 約1年2ヶ月を要し、協会を社団法人とする。

 

昭和三十年代のテレビ番組でトロンボーンを吹いて落語家さんを集めた大喜利のようなものをやっていまして

若い頃の桂 伸治(現 桂 文治)や柳好、小円馬などが出演していました。

最近はNHK「笑いがいちばん」にレギュラー出演されておりましたので、御馴染の方も多いでしょう。

持ちネタは・・・・・

噺俳、牛ほめ、カラオケ病院、里帰り、結婚式風景、観光会議、幼友達、すき焼兄妹、大つごもり、日照権、

与太郎戦記、娘の手紙、乙女饅頭、免許証、柳昇式忠臣蔵、課長の犬、南極探検、扇風機

などでした。

古典落語では「滝口入道」が耳に残ります。

 

弟子には鯉昇、昇太師匠などがいます。

 

出版などもされておりましてね

与太郎戦記、陸軍落語兵、与太郎高店、人に好かれる話し方、寄席花伝書、風もないのに世の中廻る、寄席は毎日休みなし、柳昇の新作格言講座、

などがあります。

川柳、短歌なども数多く作られております。

五代目 柳家小さん師匠が亡くなられたあとは最高齢で頑張っておられました。

病には勝てませんでした。残念です。

 



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