春風亭 昇太 師匠編 

 


 故春風亭柳昇師匠の弟子である。新作を中心とする噺家である。

 「笑点」メンバーとなって顔も売れ出してきた。当代 春風亭柳好師匠と仲がいいようで、昇太師匠の

 独演会などでお目にかかります。それにしても柳好師匠は余りでてこられませんねぇ。どうしたのかな。

 古典は得意じゃないようである。でもこれからを担う噺家であろう。とは思います。

 メチャクチャだけど面白い。それもきちんとした実力に裏付けられている。のかな?

密かに談志師匠も認めているような気配がある。(表向きはけなしていますがね)

 志らく師匠のよきライバルと考えているのだろうか。(実際は志らく師匠のほうが実力は上ですが)

 NHKの衛星放送で「志らく・昇太の二人会」をやっていた。

 これはエアチェックでもっているが、なかなか面白い。

 二人の芸の実力というか可能性を伺わせる。

 昇太師匠は独身である。これは関係ないか。志らく師匠は妻ある身です。(離婚歴ありますがね)

 仲人無しのくっつき合いなんてのは無理なのかなあ。

 新居にも移ったことですし、この辺でどうかなあ。余計なお世話!

 こりゃまた失礼しましたあ。・・・・\(^o^)/

 新作が古典になる古典の風格を持つことを「新古典」というそうだ。

 この新古典には圓歌師匠の「授業中」や米朝師匠の「一文笛」「豆狸」などがある。

もちろん「有崎 勉」という作家は別格で新古典を数多く生み出している。

即ち「柳家 金語楼師匠」である。

 そしてこれから新古典を創作できるのは落語作家を除いて三枝師匠、 文珍師匠、米丸師匠、

志の輔師匠、米朝師匠・・・・

 昇太師匠が追いかけている、私の世代の内に追いつくのだろうか。

 頑張れ昇太師匠!・・・(.^!^.)

 

春風亭昇太

お父さんの決断

春風亭昇太

へっつい盗人

春風亭昇太

看板のピン

春風亭昇太

Jリーグの悲しみは

春風亭昇太

権助魚

春風亭昇太

ちりとてちん

春風亭昇太

悲しみにてやんでえ

春風亭昇太

愛犬チャッピー

春風亭昇太

リストラの宴

春風亭昇太

宴会の花道

 

「ちりとてちん」・・・・・・・・・という噺

 

 奇妙な演題である。意味はよく解らない。江戸落語では「酢豆腐」という。

 では「ちりとてちん」が「酢豆腐」のことかというと違うらしい。

 知ったかぶりをする御仁を扱った噺もある。「転失気」や「やかん」など

 夏の暑い時期、例によって長屋の若い者達が集まって酒の会、翌朝遅く起きて

 飲み直そうという算段。酒はあるがつまみがない。夕べの食べ残しの豆腐が

 あるのを思い出した。与太郎さんに片づけさせたので聞いてみると、

 へっついの上の釜の中にいれたという。この温気のなかである。豆腐はすっかり

 腐ってしまって胞子などがでている状態。プーーンと臭うほど。

 捨ててしまおうと思っているところに現れたのが大店の若旦那。この若旦那、

 いつものように吉原通いで、にやついた嫌な奴。いわゆる放蕩息子という。

 普段から良く思っていない若い者。一計を案じた。・・・・

 「この腐った豆腐を食わしてやろう」というわけ。そこで若旦那を呼び止めて

 こう切り出す。「若旦那。ちゅっと珍しいものが手に入りましたんですが、

 食べ方がわからないんでやす。若旦那は食べ物には飽きてらっしゃるから

 きっと食べたことがあるのじゃないかと思って、お呼びしたんです」と

 腐った豆腐を差し出した。一目見れば解るのだが知らないとは言えない若旦那

 「あ、それは舶来の“酢豆腐”という食べ物でやんす。」と言った。

 「あちきなんざ、食べ飽きておりんす。実に美味なるもので・・・」

 「へい、そうでやすか。それでどうやって食べたらいんでやしょう」

 「匙でいただくんでありんす」」じゃあ一口どうぞ」ってんで、匙を差し出した

 若旦那、渋々ながらも一口すくって口の中に・・・・(+_+)

 吐き気をこらえながらも飲み込んでしまう若旦那。

 「どうです、もう一口!」・・「酢豆腐は一口に限るでありんす」・・(^0^)

 

 

 

「看板のピン」・・・・・・・・・という噺

 

 ばくちの噺である。噺のネタにはばくちが多く取り上げられる。やはり

 ギャンブルは今も昔もということか。この噺のばくちは「チョボ一」という

 ジャンルで、賽子一つを茶碗に入れて出た目を当てるという簡単なきまり。

 確率1/6というのでわかりやすい。胴元というトランプ遊びでいう親の

 役が必要でガラッポンとやっている。詳しいようですけど自分でやったわけでは

 ありません。すべて噺の中のこと。念のため。・・・・(^0^)

 「ばくち」とは「場で朽ちる」から・とかで昔もアブク銭という感覚はあった

 ようだ。ギャンブルで身を立てた者はいないというが、いっこうに無くならない

 のがギャンブルでしょう。

 例によって若い者が寄り集まって暗い所でガラッポンやっている。

 その日は胴元がつぶれてしまって、もう勝負にならないという局面であった。

 場が成り立たないところにやってきたのが古株のばくち打ち、いわゆるベテラン

 「おやっさん」などといわれ一目置かれている人物。

 自分が胴をとって一勝負といく。その前置きがこういうことに・・・・・

 「俺はもう年をとって目もかすんできている。ばくち打ちもよる年並には

  かてねえ。でもまだまだ、てめえ達若造にはめったに負けるもんじゃねえ」

 と言って一勝負とでた。

 場を見ると茶碗の外にサイコロが転がり出ていて、一即ちピンとなっている。

 それを知ってか知らずか、「さあ勝負は中だ。さっさとはれい!」と。

 サイコロが見えているのだから若い者はこれ幸いに有り金はたいてピンに

 賭ける。「あの、おやっさんももうろくしたもんだ。」などと言いながら。

 ところが一枚も二枚も上のおやっさん、こう切り返す。

 「さあもう勝負はないか!・・なければこの看板ピンは下げさしてもらう」

 「えっ。そりゃないよ、おやっさん」と若い者。

 「だから最初から勝負は中だと言ったはずだ。俺の睨んだとこでは中はグだ」

 (グというのは五のこと)「勝負」と言って開けると中はグだった。

 丸取りとなる。が若い者相手に遊んでもしょうがないと思ったか、おやっさん

 さとすように「いいか。ばくちというものはこういうもんだ。いい若い者が

 昼間からこんなことをやってちゃいけねえ」と。

 だがこれをもともに受けた奴ばかりではない。これはいいことを教わったと

 他の場でやってやろうと考えた者がいた。

 おやっさんと同じ手をつかい「看板のピン」を仕掛けた。

 「さあ勝負は中だ。さっさとはれい!」

 回りの者はこれ幸いとピンに張る。「もっと張る奴はいないか」などと言って

 けしかける。中には友達から借りて張り足す者もいる。

 「さあ。勝負だ。いいか。勝負は中だ。いいな。どうやら俺の見た所では中は

  グだ。ふふふふ・・・・さあ勝負!」・・・・(^0^)

 「ああ!・・・中もピンだ!」・・・・・・・・(*_*)

 

 「生病法は怪我の元」という諺どおりです。

 黒金ヒロシ氏の「赤兵衛」というコミックに、名場面がある。

 あのタヌキが赤兵衛の下男を騙してこう言う。

 

   「芸で食べることができても、芸を食べることはできない」

 

 いわく名言なり。

 「馬の小便を酒として飲ませる事はできても、馬の小便を飲むことはできない」

 ということ。「三人旅」を思い出すね。芸を食べられたらマジシャンは大金

 持ちだよ。

 


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