古今亭 志ん朝 師匠編 




 

平成13年10月1日午前1050分、肝臓ガンのために死去。享年63歳でした。

噺家としては、余りにも早すぎる死です。これからが芸を充実できる時期に入るという矢先の死です。

「昭和の名人」という言い方があるのなら、「平成の名人」という言い方もできましょう。

関東で言えば、大御所を別にして、古今亭志ん朝、立川談志、三遊亭円楽、柳家小三治、

三遊亭円窓師匠らが上げられるのではないでしょうか。

若手にも名人候補がたくさんいますよ。立川志の輔、立川志らく、春風亭小朝、林家たい平、

春風亭昇太、柳家花緑などなど。落語界はまだまだ大丈夫ですよ。

しかしながら、それでも、やはり、理屈ではなくて、志ん朝師匠の喪失は余りにも大きすぎます。

名人志ん朝というより達人志ん朝と呼んだほうがいいのかなとも思いますよ。

名演「文七元結」などは追従を許さないし、「愛宕山」は文楽師匠に挑戦した気概が見えます。

幸運にも高座で「愛宕山」を聴きましたが。凄かったです。昨年のことでしたが、今思うと、その頃に

病魔に冒されていらしたのですね。

談志師匠はこう言った。

 

死んじゃったんだから死んで良かったと云うしかしょうがない。

これは最高の賛辞である。

生きてる奴に云うんぢゃナイ。クドいが、死んだんだから「いいよ、これで良かったよ・・・」この方が家元らしいというか、きっと解かる人には解かってもらえると思う

     

 

これは、落語家・噺家でなくては解らない。

素人の私には真に理解できていないでしょうね。解った気はするのですけど。

なんか、家元のやさしさみたいなものを感じているのですが

文楽師匠は高座の志ん生師匠を楽屋で笑いながら聴いていたということです。

この笑いは何なのでしょう。優越感ですか。・・・・・・違いますよ。可笑しくて笑っていた。

落語として認めていたのですよ。否定はしていない。

談志師匠も志ん朝師匠を認めていたことが、この発言で解ります。

円楽師匠をライバルとしたのとは、また違うものをもっていると察します。

下表にある演目はほんの一部です。古典でやれないものは無かったと思いますよ。

「巨星落つ」・・・・悲しくもメディアでしか会えない噺家になってしまいました。

 

 

古今亭志ん朝

酢豆腐

古今亭志ん朝

紙入れ

古今亭志ん朝

宿屋の富

古今亭志ん朝

坊主の遊び

古今亭志ん朝

酢豆腐

古今亭志ん朝

坊主の遊び

古今亭志ん朝

もう半分

古今亭志ん朝

酢豆腐

古今亭志ん朝

お直し

古今亭志ん朝

二番煎じ

古今亭志ん朝

宿屋の富

古今亭志ん朝

文違い

古今亭志ん朝

柳田角之進

古今亭志ん朝

抜け雀

古今亭志ん朝

化物使い

古今亭志ん朝

富久

古今亭志ん朝

三枚起請

古今亭志ん朝

お見立て

古今亭志ん朝

唐茄子屋政談

古今亭志ん朝

唐茄子屋政談

古今亭志ん朝

お若伊之助

古今亭志ん朝

百年目

古今亭志ん朝

お若伊之助

古今亭志ん朝

坊主の遊び

古今亭志ん朝

搗屋幸兵衛

古今亭志ん朝

五人回し

古今亭志ん朝

柳田角之進

古今亭志ん朝

文七元結

古今亭志ん朝

黄金餅

古今亭志ん朝

火焔太鼓

古今亭志ん朝

干物箱

 

 

志ん朝師匠といえば、やはり「二番せんじ」「富久」「三枚起請」・・・人情噺はべつにしてね。

志ん朝師匠は三代続いたチャキチャキの江戸っ子ですから、「長屋もの」や 「遊廓噺」はお得意です。

 

「二番せんじ」・・・・・・・・・・・・・・談義

 

 中でも、「二番せんじ」は、多くの噺家が演目にいれているが、

 できは一番ではないだろうか。

 ご存じ「大店」の旦那衆が冬の夜、「火の回り」をしようってし好。

 二組に分かれて交替で夜回りをすることになったが、早々に夜回りを

 終えた「宋助さんグループ」は冷えた体を温めようと「番小屋」の

 中で飲み食いを始めてしまう。「番小屋」は公な場所。飲み食いなど

 は御法度ですが、お酒を土瓶に入れて「せんじ薬」としてごまかそう

 という魂胆。ここで、旦那連中の細かな描写がまた実に見事。

 謡いの先生や「火消し」の頭領、「商家の旦那」達・・・

 獅子鍋をつつきながらの会話は実に楽しい。酒好きの人には、つい

 呑みたくなる衝動に駆られるシーンである。

 見回り役人が入ってきてパニックの番小屋の中、しかしそこは

 老獪な役人のこと、しっかり飲み食いをしようとおもうが、

 土瓶一本飲み終わったところで、後を断られてしまう。

 そこで、「ではまわってくる間に二番を煎じておけ」という落ち。

 

 

 

「富久」・・・・・・・・・・・・・・談義

 

 父親「五代目 古今亭志ん生」の芸譲りのできである。

 無類の酒好きの久蔵は幇間である。酒のために旦那をしくじって

 ほされてしまう。金に困った久蔵はなけなしの一分を払って富くじを

 買う。その晩、神棚の中に富くじをしまって寝込んだ久蔵は旦那の

 店の近くに火事がでて、早速駆けつけて旦那から出入り禁止を解かれた

 火事見舞いの酒を飲んで寝込んだ久蔵。今度は自分の長屋が火事に

 あって焼け出されてしまう。そんな中、神社の境内での富くじの

 つきに行って、見事1、000両の一番くじに当たるが、肝心の札は

 火事で無くしてしまったと思いこんだ久蔵。

 町内の頭が運良く神棚を保管して置いてくれたと解った久蔵。

 喜びいさんで、頭の家へ。札を手にした久蔵。

 「大神宮様のお陰で方々にお払いができます。」が落ち。

 旦那の店の近火に行くように教えてくれたのは近所の友人。

 火事になった久蔵の家から神棚を出してくれた頭とも仲が良い。

 この久蔵の人柄の良さが幸運を呼んだという噺でした。

 

「三枚起請」・・・・・・・・・・・・・・談義

 

 女郎と客の「騙し合い」の噺。

 「傾城の文に誠無し。それが証拠に筆に狸の毛が混じる」とか

 「傾城に誠無しとは誰がゆうた。誠あるほど通いもせずに、ふられて

  帰る野暮なお客の憎手口」と、男女の仲は難しい。

 「お見立て」なども、女郎と客の騙し合いの噺。「文違い」も同じ。

 「起請」とは女郎が真夫に送った誓いの文。騙し合いの世界に誠を

 示す文が「起請」。なのにこれを三人の客に送った女郎の噺が、

 「三枚起請」である。悪いことにこの三人が友達同士だったから

 ばれてしまう。悔しい思いの三人、女郎に仕返しをしようと一芝居。

 女郎の鼻をあかすことになる。それを受けての女郎の開き直りが

 また見事。当時の江戸の人口は100万人、世界の中でも大都市。

 でも庶民が住んでいた面積は狭く、良いところは武士の居住区に

 なっている。従って四畳半に土間という面積に8人が住んでいる

 という計算になるそうである。そして男女比は8:1ということで、

 「娘一人の婿八人」というのを地でいっている。

 だから恋愛の機会は少ないわけで、「逢い引き(デート)」などは

 ロマンなのであろう。その機会に恵まれない奴は、「お金」で・・

 ということになる。遊び場所もピンからキリで、「羅生門河岸」から

 「大店」までランクは色々ときてる。

 時代は違っても・・・ということでしょうか。

 でも落語バーチャルワールドで話芸にて描写される「遊廓」は

 「粋」であり「華やか」である。「遊びの世界」として語られる。

 しかし実状はもっと暗い世界が裏にあるはずです。だからこそ、

 「華やか」に描くのではないだろうか。「写楽」や「歌麿」が

 描く世界の裏側を見つめるべきであろう。

 が、噺の世界、やはり「粋」の世界に浸りたいのが本音である。

 その意味で「歌舞伎の世界」に通じるものがあるのかもしれない。

 「美化」することの「悲しさ」よ・・・ということか。

 「芸」という世界を「現実からの逃避」として庶民は受け取りたい。

 ということなのか。その悲しさは今と変わりはしない。

 にもかかわらず、人々は「芸」の世界を目の当たりにしてはいない。

 「てれび」というメディアが感覚をマヒさせているのかもしれない。

 確かに人々は「芝居」を見なくなっており、「寄席」に行かない。

 特に男達は仕事に追われ会社帰りの一杯はあっても、「芝居見物」は

 ない。「寄席」には行かない。「てれび」という媒体を通して人間を

 見るのと、「芝居」「寄席」の生の現場を見て感じるものとは、

 おのずと異なってくる。

 


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