立川 志の輔 師匠編 

 


 立川談志師匠一門の実力者である。TVにもよく出演している。

 若手の有望株として楽しみな噺家の一人だと思う。

 同門に志らく師匠がいて彼も楽しみな噺家なので近々取り上げます。

 談志師匠の表現を聞くとどうやら、この二人を評価しているようだ。

 立川一門には注目すべき人材が多い。これも談志師匠の影響が大きい。

 古典落語をやっていても、やはりその人の談志師匠流でいえば

 「美学」が現れていなくてはならない。

 志ん生師匠には彼なりの、文楽師匠には彼なりの美学があった。

 談志師匠の言である。言い得て妙である。

 昔は好きな噺家を聞きに寄席がよいという贅沢ができた。

 今はそれができない。残念で仕方がない。寄席が少ない。それもある。

 噺家が寄席にでない。独演会や二人会などはよくやる。

 でも寄席にはでない。これがなんとも・・・・・(*_*)

 円生師匠が脱会して地方を中心に活動を始めたのも、中央に集中して

 いる寄席を地方の人たちにも来ていただきたいという思いがあったと

 推測する。今、噺家達がTVなどで活躍できる背景には、このような

 活動があったからであると思う。

 「江戸小咄」というジャンルがある。落語は初代三笑亭可楽から

 始まったとされる。「さんしょは小粒でヒリリと辛い」からとって

 「三笑亭可楽」と名付けたとされる。だから文化・風土は確かに

 江戸かもしれない。が上方にも「上方落語」がある。

    

立川志の輔

壺算

立川志の輔

蜘蛛駕籠

立川志の輔

死神

立川志の輔

お血脈

立川志の輔

千両みかん

立川志の輔

猫の皿

立川志の輔

禁酒番屋

立川志の輔

八五郎出世

立川志の輔

宿屋の仇討ち

立川志の輔

茶の湯

立川志の輔

バールのようなもの

立川志の輔

みどりの窓口

 

「千両みかん」・・・・・・・・・という噺

 

 「物価は需給に関係する」なんて経済学を持ち出すわけではないが、まさに

 これを地でいく噺である。ここでも大店がでてくる。

 さる大店の若旦那が病に伏せっていた。吉原の遊女に惚れた病ならば、他にも

 噺に出てくるが、例によって大店に出入りの頭に聞きにやると、実はある物が

 頭にこびりついて離れず気が重いとのこと。その物の特徴は、「かわいらしくて

 肌が瑞々しくて柔らかく、匂いもいいもの」という。てっきり頭は、「お医者

 様でも草津の湯でも・・・」というやつかと、早合点するが、実は何あろう。

 「みかん」であった。「みかんなんざすぐに買ってきてやる」と安請け合いした

 頭だが、季節は真夏。冷蔵庫のない当時、みかんなど売っていようはずもない。

 若旦那の方は、やれうれしやと心待ちしている。そこに「ありませんでいた」

 なんぞ言いようものなら、ショック死ということに・・・(*_*)

 そこで大店の番頭が一計を案じて「みかん問屋」ならあるかもしれないと

、出かけていった。

 この「みかん問屋」が偉い。真の商人である。

 

 あるべき時期に商品があるのは、問屋として当然だ。しかしいつ何時でも

 客が来て商品を求めたならば、商人としては「ありません」とは口が裂けても

 言えない。

 

 見上げた商魂である。番頭さんがみかんを求めたときに問屋の旦那は倉に

 保管してある50箱のみかんを全て調べさせた。当然ながら箱の仲のみかんは

 腐っている。あれもダメこれもダメで、あきらめかけた時、たった一つだけ

 腐らずに残っていたみかんがあった。

 喜んだ番頭は「ぜひ売って下さい。していくらでお売りくださるか」と言った。

 問屋の旦那は「千両です」と言う。番頭は「そんなベラボウな値段はないじゃ

 ないか。人の足下をみるのは卑怯じゃないか」と言う。

 「番頭さん。あなたも商人なら、商人の気持ちは解るはず」と言って、上の

 名セリフを言うのである。

 だからこそ、毎年毎年腐るのを承知で50箱のみかんを蔵に入れている。

 夏場にみかんを買いに来たお客は貴方が始めてである。それも高いと言われる

 のかと言う。

 言われてみれば自分も商人の端くれ納得するが、店の旦那に決済を仰ごうと

 戻って相談をする。息子の命が助かるならばと千両で買うことを許してしまうの

 は、これもできた旦那ねればこそ。

 代金を払い、みかんをもって帰って早速、若旦那に食べさせる番頭。

 10房あるみかん。一房100両の勘定。皮だけでも2、3両はするというもの。

 7房食べた若旦那。後は両親に一房づつ残りは骨を折ってくれた番頭にと。

 やさしい気遣いをする。3房持った番頭は部屋を出て歩きながら考える。

 「私も丁稚からたたき上げて、もう45才。来年は暖簾分けをしてもらえる。

  その時旦那からもらえるお金は30両、よくて40両がせいぜい。

  手の中にあるこのみかんは300両。自分が半生かけて得る金が30両か

  40両・・・・・・・」

 それから番頭はみかん3房をもったまま行方不明となった。

 

 番頭の気持ちは痛いほど解るではありませんか。物の価値の基準は・・

 番頭が判断を誤るのも、この価値基準を遥かに越える価格に遭遇したからに

 違いありません。海賊が隠した洞窟の中の宝を掘り当てたけど、そこから脱出

 できなくなっても食べ物は何もない。いくら金銀財宝があっても何の役にも

 たたずに餓死ずる。なんて冒険小説はよくある。ディズニーランドの「カリブの

 海賊」にもそんなシーンがあったよ。でもこの番頭さん店から一歩外に出てから

 どうなったんだろう。みかんの価値に気がついたはずだし、店には戻って

 これたはずだろうに。

 

「禁酒番屋」・・・・・・・・・という噺

 

 江戸屋敷の大酒のみの家臣の騒動である。家臣達が寄り合っての宴会、例の

 ごとく酒がきっかけで喧嘩になり傷害ざたとなる。これを咎めた殿様が以後

 酒を飲んではならないと下命する。とはいえ酒無しではいられないこの家臣。

 市中で大酒を飲んでは酔いをさまして屋敷に立ち帰る。これでは何にもならんと

 酒屋に注文して屋敷まで届けるように言いつける。酒屋の方も禁酒令がなされて

 いることを十分承知の上、いくら掛かってもいいから屋敷まで届けろと言うので

 一計を案じて、カステラの箱の中に一升徳利を入れて屋敷の番屋にて検閲を

 受けることになる。酒飲みの家臣がカステラなどを食べようはずがないと思い

 つつも、お使い物と聞いて立ち入りを許可する。が、軽いはずの箱を重そうに

 抱える様子を見て疑いをもたれ、「この偽り者め!」と、ばれてしまう。

 悔しいので次は油屋と偽って油徳利の中に一升酒を入れて番屋に行く。

 番屋の番人は酒がまわってほろ酔い気分。またしても見破られてしまう。

 これで都合、二升酒をただでとられたことになる。

 こうなったら、破れかぶれで、最後の手段として考え出したのは、堂々と酒です

 といって中に「小便」を詰めて持っていく。今度は酒徳利をむき出しにして

 「酒を届けに参りました。」というのだから面白い。

 この時点で、番人はヘベレケになっている。どうせ中身は酒に違いないと

 侮ったか、中身を茶碗についで飲もうとするが、「小便」とわかって、

 「この正直者めが!」・・・でオチ。

 

 商人と番人との駆け引きが面白い。ここにも「千両みかん」と同じ商人の

 意地が伺える。客の注文には全力で応える姿。・・・・

 こんなところに噺の神髄がある。

  

 

 


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