「立川志らく師匠の落語観」を語る


立川流家元の登場を待つまでもなく、お弟子さん達の凄さには圧倒されます。志の輔師匠や

志らく師匠、龍志師匠、談春師匠、談生さん、志雲さんなどなど。

このコーナーでは改めて志らく師匠の凄さについて語ってみます。

「立川志らく」・・・・・・・・・家元から一目置かれているお弟子さんです。

高座を拝見すると、やはり談志師匠の影響が見られますが、これは当然のことです。家元に心酔して

入門したのですから。談志師匠が志ん生師匠に心酔したのと同じでしょう。

立川流の噺家さん達と他の落語家と称する人達の違いは何なのでしょうか。

これって凄い言い方ですよね。立川流以外は落語家ではないような・・・・・・・・・。

そこまで過激なことではないのですけれど、古典落語と称して漫然と受け継がれてきたパターンを

コピーするだけの落語家は、単に落語タレントであって、噺家ではないと思います。

「落語家」という言葉は余り好きでは在りません。「噺家」ではないでしょうか。

家元は「噺家」という表現は好きではないように聞いています。

でも、口へんに新しいとかく「噺家」こそ立川流の真髄を現しているのではないでしょうか。

ははあ、この人は「落語家さん」ではなく「噺家さん」だなと思うポイントがあります。

  

「枕」の振りの出来。

やはり毎回違った「枕」のふりをするわけにはいかないけれど、噺家さん独自の切り口で語られる

「枕」には、噺家さんの実力がどうしても現われます。

立川流の噺家さんは、総じて「枕」が面白い。笑わせてくれるのは当然でも、何かキラリと光るものが

見えるのです。

時代を自分の落語観を包丁に切ってみせる。「枕」ならずネタまでもね。

「ネタ」に対する工夫。

いつ聞いても同じ噺をする落語家さんが多いです。まったく同じです。口調も言葉も。台本どおりと

いうことでしょうか。落語全集を読んでいるのではないかという落語家さんもいますよ。

先輩達が苦労して築きあげてきた古典落語なのだから、そっくいりやらないてはいけない。

工夫を入れることは壊すことになる。という考えなのでしょう。

落語の創世記には、落語はリアルタイムだったはずです。時代性があった。

とすれば、現代の古典落語にも時代性はあっていいはずと思われる。

志らく師匠は落語「子別れ」の中で親子対面の二つの場面に「八百屋」という人物を登場させて

いる。第三者の目で親子を描写しようという工夫なのだと思う。

「火炎太鼓」でも志ん生師匠のオチではなく、「あんな太鼓は二度と買えんだろう」と

「火炎」と「買えん」を引っ掛けている。(あまりいいオチではないけど)

工夫は見られるのである。

「オチ」に対する工夫。

故枝雀師匠は「オチ」について体系的な研究をなされていた。落語には色々なオチがあって、

これを分類しているのである。現代の落語家さんも「オチ」には苦労されている。

というのは、古典落語の「オチ」の中には現代では死語になっているものもあるからである。

「オチ」自体が現代人に通じないのだ。現代人のボキャブラリーにないといっていい。

 

だから「オチ」を変えなくてはならない。でもどう変えていいか模索中なのである。

橘家圓蔵師匠は「オチ」について非常に敏感になている噺家さんだ。ある時など、「オチ」を頭に

持ってきたときがある。うまくいかなかったが、試行錯誤をしている。「オチ」に工夫をみせる噺家さん

は聴いていてたのしみがあります。 「枕」で軽く振っておいて中ごろで布石をして「オチ」で見事に

落としてしまう。

志らく師匠は、この三つのポイントを全て克服しておられると想います。志の輔師匠も同様ですし、

家元は申し上げるまでもない。

志らく師匠は「シネマ落語」という新しい落語ネタに挑戦しておりますね。映画を題材に落語の世界に

設定を置き換えていく。「幕末太陽伝」という映画は「居残り佐平次」を下敷きにしております。

私が聴いたことがあるのは、「天国からのチャンピオン」という映画を、落語「たまや」に設定して

おりました。「たまや風」といった方が正確でしょう。ストーリーは全く違いますがね。

もとの映画を見ていないとしても十分、「シネマ落語」として楽しめてしまいます。

現代というものを古典落語を通して語ってしまう。(ちょっと家元のセリフですね、これは)

 

志らく師匠の落語で気づいたことがあります。師匠は映画が好きなのでしょう。

「シネマ落語」もそうなのですが、落語の世界を目の前に、まるでディレクターズチェアに腰をかけて

展開される人間模様を俯瞰しているのではないだろうかということです。

家元がこのような内容のことを言ったことがあります。

「今、この高座の前に落語の中の色々な人物を並べて、自分が操っていく。人物にいろいろなことを

 語らせる。」

志らく師匠も、このような感覚なのではないかと想像しています。

  

さて、人情噺における志らく師匠の工夫をみてみよう。

人情噺の代表作「文七元結」でみてみると。

  1. 近江屋の番頭が吉原の大見せを並べ立てる場面があるけど、最初に三浦屋から始めている
  2. 長兵衛の長屋に近江屋の番頭が五十両を返しに来る。江戸っ子の長兵衛は意地をはり、
  3.     女房は実を取って金を欲しがる場面で、ここがこの噺のヤマである。

        志らく師匠は幇間の悠玄亭玉介師匠のふすま芸を取りいれているのではないだろうか

  4. お久さんが、身請けされて戻ってくる。親子の対面の場だ。志らく師匠はここに「シネマ」

感覚をいれている。親子の対面に立ち会っている長屋の人達の描写を入れているのだ。

    まるで「子別れ」の八百屋さんのように。

では最後に志らく師匠の落語観についてまとめてみます。

 

以上、拙い語りでした。志らく師匠についてはご自分の目で感じていただきたいと想います


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